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Life Shift

2017.03.24

水陸両用機が尾道でイノベートする、新しい「地域の価値」

谷尻 誠氏が建築デザインを手がけたサイクリスト向けの複合施設や、デニムのプロジェクトが話題を呼ぶなど、この数年、広島県尾道市から新しいニュースが続々と発信されている。なかでも2016年8月の就航以来注目を集めているのが、水陸両用機で瀬戸内海の大らかな景観を楽しむ「せとうちSEAPLANES」だ。この「せとうちSEAPLANES」と同社を擁する「せとうちホールディングス」が取り組む地域と企業の価値創造を探りに、尾道に構えるフライトの拠点「オノミチフローティングポート」と、東京にあるオフィスを訪ねた。

地域の魅力を発信し、新たな雇用の可能性を広げていく

「せとうちホールディングス」は、2011年設立のまだ若い会社だという。本社所在地は広島県尾道市。もともと繊維業や造船、鉄鋼業などが盛んで、労働集約型の産業に支えられてきた地域だ。戦後、コストを抑える目的で生産拠点が海外へと移り、その結果、雇用が少なくなり若者が流出していったという。そして21世紀を迎え、この現状に危機感を感じた人々が創設したのが同社だという。冒頭で紹介したホテル「ONOMICHI U2」や「尾道デニムプロジェクト」なども、「せとうちホールディングス」の出発点となった「ディスカバーリンクせとうちグループカンパニー」が手がけている。

「自分たちが育った備後地方、瀬戸内は豊かで素晴らしい場所。それを未来につなげ、同時に事業として成立させようということが『せとうちホールディングス』設立のきっかけでした。この地域の魅力を国内外に知らしめる上で何が有効なのかを検討し、瀬戸内の“多島美”の、空から見たときの素晴らしさと海の美しさを同時に伝えられる水陸両用機を観光に使おう、と。これが『せとうちSEAPLANE』誕生の経緯です」
(せとうちホールディングス 広報部・鵜木ゆみこ氏)

水陸両用機はバンクーバーやシアトルでは日常の足として使われているというが、この50年余りの間、日本の空を飛ぶことはなかった。まだ飛行場が普及する以前は空の足として活用されていた時代もあり、着物姿で乗り込む人の写真が残っているという。しかし、空港が整備されたことにより、いつか廃れてしまったのだ。

「セスナやヘリコプターという選択肢もありましたが、エアポート、ヘリポートは“海”が伝わりません。一方、海から飛び立つ水陸両用機なら、存分に瀬戸内海の魅力を伝えられます。交通の手段ではなく観光という切り口での新たなスタートだったのです」(鵜木氏)

そして50年余りの年月を経て、再び日本の空を飛ぶべく2016年に就航した「せとうちSEAPLANES」。尾道と能島を周遊する50分のフライトの拠点となるのが、オノミチフローティングポート。自然と調和しながら本質的な豊かさを体感する旅の始まりにふさわしい、シンプルで上質な空間が印象的だ。

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地元産の柑橘を使った絞り立てのジュースやスイーツが用意され、チェックインからフライトまでの時間をゆったりとくつろぐことができる。

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橋の数々、街並み、畑を眼下に、ヘッドフォンでエンジン音を聞き、コクピットを至近に感じながらの遊覧飛行。瀬戸内海の息づかいをリアルに感じられる飛行体験は、水陸両用機ならではの魅力だ。

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「700mくらいの高度で飛ぶので、人々の暮らしを感じることができるんです。利用者は去年までのデータでは、中国地方が約40%、首都圏約40%、関西が15%と全体の95%を占めています。です。地元の方が多いのは、住み慣れた町や地域を空からご覧になりたいということだと思います。親子三代での喜寿のお祝い、誕生日祝いなど記念日で利用されるケースが多いようです。また、飛行機ファンの利用も多く、一人で搭乗されるお客様が全体の40%を占めています」(鵜木氏)

この空の旅が何よりも大事にしているのが「安全性の確保」だという、そのために必要とされたのがベテランたちの経験と知識、そして集められたのは、国交省や海上保安庁OB、大手エアライン出身者らだった。

現在、「せとうちSEAPLANES」社長を務める松本武徳氏もまた、運輸省航空局に長年在籍した後、大手民間航空会社等を経て一貫して日本の航空技術に携わってきた人物だ。

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松本氏の豊富な経験と知識、そして空と航空事業への情熱は、安全な空の旅を実現する原動力となった。

操縦士も元大手エアラインのOBが大半を占めている。今回の取材で操縦してくれた小川和朗氏も、国際線・国内線合わせて44年ものキャリアを持ち、総飛行時間は2万時間を超えるという大ベテランだ。

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そんな同氏も、水陸両用機の操縦は初めてだった。操縦には、水上飛行機の免許と、事業者なので機長審査も必要。その二つをクリアしなければならないため、どんなにベテランでもほとんどの場合、新人としてキャリアをリスタートするのだ。

「操縦士は備後地方出身など地元にゆかりがある人も少なくありませんが、大半は遠方からです。一方、整備・運航やチェックインカウンターのスタッフは地元出身の若い世代も多い。観光という価値創造と同時に、雇用創出で地域活性につなげたいとも考えております」(鵜木氏)

新しいものを小さく生み、大きく育てる

せとうちホールディングスの社是は「せとうちと共に生きる」。合言葉は「やってみい」「あきらめるな」「まぁええが」だという。

「“できないからやらない”ではなく、“あったらいいな”という物事を発想して、実現に向けていくという社風です。そのために重視しているのはコミュニケーション。私たちの東京オフィスでは抽選制のフリーシーティングを実践しています。初めて会話する社員同士が隣り合わせになることで新しいコミュニケーションが創出され、それが新しいビジネスを生み出すきっかけになることもあります。そのような取り組みがインターネットなどを通じて拡散され、“どうやら面白いことをやっている会社らしい”と、夢を実現できるというイメージを抱いたスタッフが入社してきます。企業精神という柱があり、そこに集まる人がいて、新しい時代の伝統を作ろうと取り組んでいるのです」(鵜木氏)

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メディアへの情報発信や、新しいビジネス開拓の拠点として東京にもオフィスを置く同社。テレビ電話やメールを活用しながら、尾道とのコミュニケーションを密に図っているという。地方と中央を活発に行き来しながら新しい発想の種を膨らませ、その活動を全国へと発信しているのは、ITがもたらした大きな恩恵といえるだろう。

「『せとうちSEAPLANE』は安全第一、それ以上のものはどこにもなくそれが最優先。地道に実績を積み重ねて信頼を築きながら、ビジネスの次のステップとして、水陸両用機のネットワークを少しずつ広げていこうとしています。小さく産んで大きく育てる。今はまだ小さく生まれたばかりの会社ですが、確実にやり遂げながら、尾道に新しい時代の伝統を作っていけたらと心をひとつにしています」(鵜木氏)


せとうちSEAPLANES
0848-70-0388(予約センター)営業時間 9:30〜17:00
https://setouchi-seaplanes.com



PHOTO BY TOSHITAKA HORIBA
EDIT&TEXT BY MIYOKO SANO