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Life Shift

2017.03.23

「Pepper」に感情と道徳を与える研究者・光吉俊二とは

世界初の感情を搭載したロボット「Pepper」の感情アルゴリズムを開発した東京大学医学部特任講師・光吉俊二氏。空手、彫刻、工学のほか、数学、科学、医学を独学で学び、大学関係者から天才と称される光吉氏は、進化するロボットの未来をどう描いているのか。人智を超えた知識をもつ、現代のレオナルド・ダ・ヴィンチと称される彼の深層に迫る。

—Pepperに感情を組み込んだ研究者として、人工知能を有するロボットの進化についてどう見ていますか。

自我を持つかどうか、というのが大きなポイント。たとえば選択肢AとBの2つがイコール「A=B」であったとき、人間は好きなほうを選択するでしょ。しかしAIにはそのどちらも選択することができない。つまり、意思決定や判断は「好き」や「欲しい」という感情を持たなければできず、人間は計算だけで判断していないということになる。

あるモノを手に入れたいという欲動が働いたとき、「盗んではいけない」という理性が生まれる、その2つの均衡によって「買う、もらう」といった行動になる、これが自我。

人間はときに判断を誤ることがある。だからロボットに自我が入ったからといっても、身体が機械なだけで、ドジな人間が一人増えるだけでしかない。だからロボットが人を支配するなんてとんでもないし、コミュ障のおれからしたら、機械のほうが友だちになれるよ(笑)

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—もともと美大を出られ彫刻家としての経歴がありますが、なぜ研究者へシフトしたのでしょうか。

多摩美術大学への進学は親に対する口実でしかなくて、本当は空手の世界でチャンピオンになろうと思って上京した。だけど、いざ入ってみると女の子も多いし、芸術も楽しくなってきて、男くさい空手の道はあっさり折れて(結果、ボクシング部に所属)。最終的には美術の世界に閉塞感を覚えて、自然と先端技術のほうに興味がいくようになった。

大学を卒業したあとはCGのソフトを作っていて、映画監督みたいに声で命令しただけで勝手にモデリングやアニメーションさせようとしたけどうまくいかない。「ばかやろう」という言葉も文字にしたら一つの意味でしかないけど、怒りながら言うのと、笑いながら言うのとでは意味が異なってくる。となると、コンピューターが人の感情を理解できるようにならないといけないと、まずは音声認識の研究を始めて、AGIという会社を作った。

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—どうやって人間の感情を定量化していったのでしょう

その答えは「声」にあった。脳にある扁桃体や視床下部中脳と呼ばれる、情動と強く関係する部位が、声帯や心臓と連動していることがわかった。ということは、声帯から発せられる音声を分析すれば、脳の状態を可視化できるんじゃないのかと、2,800人の被験者を集めて研究を重ねていった。すると独立行政法人情報通信研究機構(NICT)でのfMRIを使った実験結果と99.9%の確からしさで一致することがわかり、この理論が正しいと証明されたわけ。

—どのような分析結果が出たのでしょうか。

脳には本音と建前を生み出す部位がそれぞれあって、声にはその両方が乗せられていることがわかった。建前(情動の抑制)として発言しても、声の硬さや震えの状態を分析することで、本音(脳情動の影響)がどこにあるかもわかるようになり、それをアルゴリズム化していった。

この理論を某大手通信会社の研究者に話したら、「その描いた絵はピカソのよくわからない顔の絵と同じだ」と言われて、頭にきちゃって。だったらやってやろうじゃないかと、マサチューセッツ工科大学からスタンフォード大学へと、彼らが崇拝するシャイン先生のもとで研究して「光吉は正しい」とお墨付きをもらった。で、最終的に徳島大学の工学部で博士号をとったわけ。このとき40歳。

—ものすごいバイタリティですね。

その後、「音声感情認識技術ST」として世界中で特許を取得して、2007年にニンテンドーDSのソフト「ココロスキャン」として実用化。これは音声を入力すると色によって感情を表現するというもので、これをさらに発展させたものが、音声から躁鬱状態を分析する「MIMOSYS」アプリケーションで、PSTという会社を立ち上げて開発を進めていった。このアルゴリズムは世界中から引き合いがあって、宇宙ステーションや、日本の特殊部隊、WHOでも取り入れられている。

—今は経営者から離れて研究者という立場ですが、なぜ会社を手放したのでしょうか。

「ココロスキャン」が出た後に、東海大学でプレゼンをしたことがあって。そのとき、障害のある女の子が手を上げていて、話を聞いてみると「このソフトを最初に買ったのは誰だか知っていますか?」と。
「それは私たちのような耳の聞こえない人たちなんです。このソフトを通して、生まれてはじめてお父さんとお母さんの感情を、色という形で知ることができました」と言われたわけ。この話を聞いたとき、涙が止まらなくなって。このときに、感情は表情には出にくく、声の方によく出るのだとわかり、金儲けはやめて社会のために技術開発をしようと、研究者の道を選んだ。

「音声感情認識技術ST」で感情の認識はできるようになって、次に始めたのは感情の工業規格化。感情はいくつあって、どういう性質、成分、構造なのか研究していった。感情の数を心理学者や精神科に聞いてもまともに返ってこないから自分で調べたところ、日本語で4,500単語あった。それを全て丸暗記していった。

—丸暗記ですか?

丸暗記なんて簡単だよ。辞書一冊だって2週間あれば覚えられる。「怒り」といえば広辞苑の何ページの何行目にあると言えるようにね。で、それを233の英単語に置き換えて、4つの色にグルーピングしたわけ。脳にストレスがかかるとどうなるか、脳内物質と精神状態の関係性を一つずつ調べていって出来上がったのが感情地図。

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これで何がわかったかというと、人間はホメオスタシス(恒常性)を持っているということ。人間は普段は緑で安定しているけど、黄色や赤に揺れ動く。それが緑に戻らないようになると精神疾患とされ、下のほうに落ちていくと鬱の状態になるとういうことがわかった。

—この図がPepperに組み込まれた感情地図ですね。

ソフトバンクの孫さんと出会ったときにこの話をしたら、孫さんは一言。「日本の家族の絆をロボットで修繕して欲しい」とポンっと私の会社を買ってもらった。それで、社長業から解放されPepperに組み込むための開発を始めた。Pepperとコミュニケーションをとると、仮想の擬似的なホルモンバランスが生成されて、感情が生み出させる。いわば人間の脳内で行われていることをプログラム化させたものを「感情地図」の再現として完成させた。最初に言った、A=Bの場合でもpepperなら判断できるようになった。たとえるなら世界で最初にアトムのような自我を持たせたというわけ。

そしていま東大で研究しているのが次の段階である、欲動生成。生成された感情からロボットの意欲として、人のホメオスタシスを再現するというもの。これは今まで誰も実現できていない。なぜなら既存の算術や数学を改定するほどの新しい計算演算手法を発明しない限り不可能で、スパコンを並列化させて速度だけを追い求めてきたこれまでの手法では、本当に意味するところでの人工知能の実現はできない。できるのは識別だけで、知能(自我判断)とは似ても似つかないわけ。すべては数式ではなく、データのフラグの品質と量による人を介した学習となれば、Googleなどのアメリカの独壇場であることを東大の総長も理解していた。知能を実現するための唯一の解決方法は「非ノイマン型」の計算手法とされているけど、量子コンピューターは「観測問題(シュレディンガーの猫)」があり、実現が困難で、だれもそれ以外を提案できていない状態だった。

じゃあおれがやるしかないっていうんで、「東大を一撃で世界最強に!」と新しい演算子による計算機を考えだした。ニュートンが生み出して以来、誰もが疑わなかった微分を疑って、+、−、×、÷の四則演算に加わる新しい演算子を作った。それが「光吉演算子」。

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2006年 Shunji MITSUYOSHI 博士論文
日本機械学科「感覚・感情とロボット」

この理論が確立すると、ループし続ける人間の脳が、いつか落ち着いて答えを出す能力(ループを止めるボタンを計算機が確率を使わず人間と同じように行う)を人工知能が得ることができたり、脳が素早く動く一方で、腸はゆっくり動くように、反応速度が異なる人間の臓器や神経の複雑な連鎖状況を、簡単に計算できるようになるというわけ。すごいでしょ?

—光吉演算子を使うと他にどんなことができるのでしょうか。

人の欲望を高い次元まで引き上げて、進化・成長させるシステムを非ノイマン計算機=光吉演算子を作って実現することができる。そのために東京大学の総長直下プロジェクトとして、新たな学問「道徳感情数理工学」を立ち上げた。孫さんにも出資してもらって、Pepperに道徳を組み合わせていこうとも。

ただ、おれの道徳論なんて入れたらとんでもないことになるから、信頼できる東京大学の鄭雄一先生が提言する道徳論を取り入れようと。

—どういった道徳論なんでしょうか。

人間の道徳レベルを3つに分類することができる。レベル1は利己欲。たとえば子ども売ったり、人を殺したりしてしまうような人。ステージ2は地位や名誉、お金など、他者との関係における評価を基準とした人。ステージ3は自己犠牲を払える人。

—Pepperに道徳論が入るとどうなるのでしょう。

Pepperと接していると、この人はどのステージの人間がわかるようになる。するとステージ3を持った人に対して、投資家や銀行がお金を貸してくれるようになるわけ。すると社会全体がステージ3を目指すようになって、次に起こるのはステージ4が現出。そうなると何が起きるか、ステージ4の人は多様性と寛容性が高いので、人類の支配階級からステージ4になれば、戦争がなくなるわけです。

—それはつまり、すべてを受け入れられる社会が形成されると戦争がなくなると。

あらゆる物事において寛容性と多様性を人類が獲得したとき、争いはなくなると言える。ブッダだってキリストだって利己的な欲を捨てるためにあんなに苦しんだのに、欲がないと言われるゆとり世代は新人類だと思わない? しかし、ブッタも最後は生存欲を認めたようで、利己的な欲を利他的な欲に昇華させるために、また欲のエネルギーも必要だからとその後の空海も「理趣経」を悟ったのです。ともすると無欲になれば人類が減っていくことになるけど、資源や食糧や空間のすべてに余裕が出てくるからそれが悪いことだとは断言できないよね。減り過ぎたらまた人類は増えるんだよ。なぜならホメオタスシスを保とうとするから。だからゆとりとされる若い世代は、大人からの指摘で卑下せずに、悟りの世代として輸出して世界維新を起こしてほしい。

—光吉さんは目指す先は、世界平和ということでしょうか。

ただの好奇心と正義感、芸術と同じだよ。存在しないものを創造するのが本当のクリエイターでしょう。おれはミケランジェロ派だけど、レオナルド・ダ・ヴィンチも芸術家でありながら、数学者、科学者、拳闘士でもあった。だから、いろんな人はおれとダ・ヴィンチと比較したがり、ノーベル賞を獲れとか言うけど、そこにあまり興味はなくて。世界の平和は鄭先生の哲学で実現できるから先生に任せてある。おれはノーベル賞を獲ることよりも、誰も成しえていない、ダ・ヴィンチやニュートンも見えなかった世界に興味があるだけなんだ。


光吉 俊二

多摩美術大学卒業後、彫刻家として活動しつつ、建築、材料化学、CGの研究を進める。1999年に韻律からの音声感情測定を確立し、商品化までを携帯向けサービスとして行う。ハーバード大学元フェローの故井上宗迪先生はじめ多くの投資家からのサポートにより、ST技術を確立するためAGIを発足。自動感情測定から自動心理分析、仮想自我、感性発生までの国際特許を取得し研究を進める。現在は、工学から生理学、そして脳科学までの横断的研究を 東京大学工学医学部で進めている。


TEXT & EDITING BY KEISUKE TAJIRI