Life Shift

2017.03.13

「SmartHR」を考案したKUFU代表・宮田氏に聞く、失敗の哲学とあきらめない心の作り方

クラウド労務ソフト「SmartHR」を展開する株式会社KUFU。このSmartHRは、これまで専門的な労務知識が必要とされるうえに、煩雑で手間がかかる社会保険や雇用保険の手続き業務を、簡単かつシンプルに行うことができ、オンラインで役所への書類提出も可能。ローンチ以降、破竹の勢いでユーザー数を伸ばしているサービスだ。2015年、スタートアップの登竜門であるTechCrunch TOKYO 2015で優勝を果たし、2016年にはグッドデザイン賞やHRアワードの「人事労務管理部門」で最優秀賞を受賞するなど、各分野から評価されている。ただ、代表の宮田昇始氏のビジネス人生は決して順調満帆なものではなかった。KUFUを設立する前の会社員時代に大病を患い、また、起業後も事業を2度失敗している。これらの経験を通じて得た、失敗から成功への転換法、そしてあきらめない心の作り方とは?

“自分たちのサービスを作っていきたい”だけでは失敗する

意外なことに、他のベンチャー企業の経営者のように、学生時代から、またサラリーマン時代から“IT業界で活躍すること”“起業すること”は宮田氏のビジョンにはなかったという。大学時代にIT企業のインターンを経験し、インターネットの可能性に魅了され、就職を決めた。
「起業するに至ったひとつのきっかけは、病気ですね。2012年に、耳の中に水疱瘡ができ、神経がブツブツと切れてしまうハント症候群という病を患いました。三半規管が麻痺し、車いすの生活に。さらに、顔面が半分動かなくなって。人とコミュニケーションをとることにすごく抵抗が生まれたんです。かなりメンタルもやられていていましたから、当時は“独立して自分の出来る範囲で仕事をしよう”なんて思えませんでした。在籍していた会社を休職し、リハビリを経て、病気が回復するにつれ、これまで働いてきたインターネット業界で自分たちのサービスを作っていきたい。いつまたこんなことがあるかは分からないからいまやろう、と強く思ったのです」

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そして、2013年に株式会社KUFUを創業。ただ、その後すぐSmartHRを開発し、リリース、評価を得た、という話ではない。実際のところ、株式会社KUFUは、SmartHR以前に2つの事業をローンチし、閉じている。

「ひとつめは、エンジニアやクリエイターなどインターネット業界で働く人たちのスキルを可視化し、企業とマッチングするサイトを作りました。業界で働く人たちが、正しく評価される仕組みを作りたいと。これは、スタートした数カ月はユーザー数も増えたのですが、次第に成長の伸びがなくなっていった。その次は、クラウド型の業務ソフトの比較レビューサイトを作った。これも数カ月で成長は見込めないと判断しました。その時は、上手くいかなかったからやめると判断する基準やポイントが明確にはなかったので、ダメだと分かりながらズルズル続けていた感じでしたね」

ユーザーヒアリングを徹底すれば、不安材料は減る

意外なことに、失敗の理由は“自分たちのサービスを作っていきたい”という思いにあったと、宮田氏は分析する。

「自分たちが欲しいものを作っただけで、ユーザーヒアリングを充分にしていなかった。はじめの事業に関してはほぼゼロ。2つめの事業に関しては、外部の人ひとりのニーズから始まっていました。しかし、SmartHRの開発を始めるときには世の中にどういう課題が存在しているのか、そしてその人たちは具体的にどういうことに困っているのかと、ファクトをあぶり出し、深堀して検証しました」

実際に、宮田氏は闘病中に、社会保障のひとつである傷病手当金を受給し、リハビリに専念することができた。また妻が妊娠した際、産休に関する煩わしい申請手続きの流れも見てきた。目の前に何となくニーズがあることは分かる。ただ、それだけでは、必要とされるサービスになるとは確証できないということだ。

「自分が面白いから作ってみようといったスタンス、つまりニーズがあるかどうか分からない状況でプロダクトやサービスを作るのは、すごく不安なこと。不安がなければ、途中でビジネスをあきらめなければいけなくなる可能性も減ると思います。SmartHRに関しては、“こういうサービスがあると助かる、便利になる”ということが分かっていましたが、さらに200社以上の企業にヒアリングを行いました。それは、開発が始まってからも続けました。それを元に、検証し改修した部分も多くありますね」

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具体的な例を出すとマイナンバー制度。SmartHRの開発段階で、その制度が開始されることは知ったものの、サービスにその対応を含もうとしていなかった。「全体像が明確ではなかったので、重要とは思っていなかったんです。しかし、ヒアリングしていく中で、企業がマイナンバーの情報を集め、管理する必要があることが分かってきて、対応してほしいというニーズが見えてきました。そこではじめてサービスに組み込もうと。社会保障に関わる法律や制度は、数カ月単位で変わるものもあります。社内にはそれらに詳しいメンバーや企業で人事労務の経験を積んできたメンバーがいますし、変更される内容は役所などがお知らせを出してくれるので、会社のチャットに流れてくるようにして、変化を迅速にキャッチアップするようにしています」

“ひとりでは起業しない”こと

病気、事業の失敗。山あり谷ありの中でサービスを育ててきた宮田氏。あきらめない心、折れない心はどう保ってきたのか?

「人間は誰しも、あきらめてしまうときがあるものですよね。私自身、病気のときも、過去に事業を畳んだときも、かなり心は折れました。だから、自分があきらめない人間になるのではなく、あきらめない仕組みを作ることが大切だと思います」

その一例として、シリコンバレーの著名なベンチャーキャピタル、Y Combinatorの創設者であるポール・グレアムが書いた「スタートアップを殺す18の誤り」というエッセイを引き合いに出して、宮田氏は説明してくれた。

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「18のポイントにわたり、私たちのようなスタートアップ起業が失敗しないためのリストが書かれてあるのですが、そのひとつめが、“ひとりでは起業しない”という旨のこと。つまり共同創業者、起業のゴール設定に対して賛同者がいないとビジネスが“死ぬ”確率がすごく高いということが書かれているんです。これは、別の意味で言えば、ひとりだと何かと理由をつけて事業を終わらせることができてしまう、ということ。KUFUには私の他に共同創業者がいます。彼は大企業を辞めてKUFUに参加してくれた。彼のためにも、何の成果も出ないまま、終わらせるわけにはいかない。だから頑張ろうという気持ちになれますし、私にとっては、それがあきらめない仕組みになっているんです。また、身の回りの人たちに起業することやゴール設定を宣言して、やめられない状態を自分で作るのもいいと思います。何もない状態だとやはり心は折れやすいし、逃げやすいですから」

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改めて「スタートアップを殺す18の誤り」を見ると、結果的に、KUFUが、その失敗を繰り返さないように組織化し、実行していることも多い。“はっきりしたユーザー像をおいていない”“頑固さ”というのも誤りの例に挙げられている。ユーザーヒアリングをしない会社は、はっきりとしたユーザー像を構築できない。また、成功したスタートアップは始めに意図したこととは違うことをやっているケースが多く、元々のプランに固持しすぎると失敗から引き返せなくなるということだ。

「SmartHRは、当初は従業員が数名程度の企業に使ってもらえることを想定していました。小さい企業は、人事労務の担当者がいないことが多く、社長が経営も従業員の労務手続きも行っているケースが多いんです。例えば私たちのようなスタートアップや小規模企業の社長が、社員が入退社するたびに何十枚も書類を作成して役所に申請しに行くということは、致命的な時間のロスですから。しかし、現在では、従業員1,000名規模の企業でもSmartHRの導入を検討していただいていて、そういった企業でも使っていただけるように、新機能の追加や改善を行っています。今後、世の中のニーズに合わせて、SmartHRがどう変わっていくかは、私自身予見できない部分もありますね」。

最後に、10年後のビジョンを宮田氏に聞いてみた。

「10年先はあまり見えていませんね。やはり、社会がどうなっているか予見しずらい時代ですから。ただ、数字の目標は7年先くらいまで設定しています。また、スタートアップ企業ですから、上場はひとつの目標としています」

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では、そのゴールへ辿り着くために、“やってはいけない18のこと”ではなく、“やるべき1つのこと”をどのようなものだと考えているのか。

「会社を創業から上場させるまで育てていくことは、例えば、100問くらいの問題を解いていくようなものだと思っています。どのようなサービスを作るのか。誰をターゲットにするか。どうやって資金を調達していくか…など、難しい問題が100個くらい並んでいる。それを社長である私が一人で解いていったら、ものすごく時間がかかりますよね。だから、会社のメンバーが自発的に課題を解決する仕組みを作ろうと。100問を30人くらいに振り分ければ、1問1問に対するトライ&エラーも増え、答えの精度も上がりますから。それを実現するためにも、会社の情報はオープンにし、チームごとにミーティングを行ったらその内容を共有したり、経営会議には誰でも参加できるようにしています。会社の情報に透明性が担保されていれば、メンバーが自発的に課題に気付くことができ、解決していこうとする。そうした組織作りも、つまづかない、折れない、あきらめないためのポジティブな方法かもしれません」


宮田 昇始

株式会社KUFU取締役。大学を卒業後、ITベンチャー企業でWebディレクターとして勤務。会社員時代に、完治率20%といわれる難病を患うも、リハビリを経て完治。その後、2013年、株式会社KUFUを設立。2015年にSmartHRのサービスを開始し、順当に導入社数を伸ばしている。

クラウド労務ソフト「SmartHR」


PHOTOGRAPH BY SHUNSUKE MIZUKAMI
TEXT BY MASANOBU MATSUMOTO