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Life Shift

2017.03.03

新しい働き方の祭典を主宰する横石崇さんに聞いた、「100年時代」を生きるためのスキルとテクノロジーの話

従来の会社組織のありように限界がやって来て、プロジェクトベースの働き方やフリーランスの存在が徐々に一般にも浸透してきた昨今だが、新しい時代のリーダーシップの定義や、AIなどのテクノロジーが普及していくなかでどういう人材が求められるかなどについては、まだまだ手探り状態という部分も多い。そんななか、この数年で注目を集めているのが、2013年にスタートした国内最大の“働き方の祭典”=TOKYO WORK DESIGN WEEK(以下TWDW)だ。のべ1万人が参加するこのイベントを率いるのが、& Co.代表取締役の横石崇氏。1月に「今、一番おもしろい仕事をしている10人」へのインタビュー集『これからの僕らの働き方: 次世代のスタンダードを創る10人に聞く』(早川書房)を上梓したばかりの横石氏に、自身の働き方遍歴を中心に話を訊いた。

美大で学んだ「テクニックではなくマインド」という思考

――横石さんは多摩美術大学芸術学科のご出身ですよね。美術大学のなかでも、アーティストやクリエイターを育てるのではなく、芸術を学問として学びます。ちょっと珍しい出自だと思うのですが、美大を目指したのは何故だったのですか?

大学に入る前、つまり高校生のときですけど、そこそこ絵が好きで、そこそこ描けたんです。それで美大を目指したんですが、美大受験というのはとにかくデッサンのトレーニングが必須。それを繰り返すなかで、石膏を描くのが上手であるとか、手の指を描くのが上手とか、そういうので評価されることに違和感を持つようになった。というか、そもそも僕にはセンスがない、ということに気付いたんですね。それで、どんなに努力したってクリエイターにはなれないな、と思うに至って。ただ、美大に行けばおもしろい人たちに出会えると思っていて、多摩美術大学の芸術学科という絵の描けない美大生がいると聞きつけ(笑)、運よく入れたというわけです。

――入学して授業内容などで驚いたことは何かありましたか?

ある先生の授業で“90分間をフルに使って卵を立てなさい”というのがあったんです。これはきっとこれはコロンブスの卵的な…あなたたちは美大生なんだから、発想の転換で卵を立てられるはずだ、ということを言ってるんじゃないのかな、と思ったんですよ。でも違った。この授業のテーマは“本気でやれば卵だって立つんだ!”ということだったんです(笑)。そこで気づいたのは、美大で学ぶのってテクニックじゃなくてマインドだということ。問いかけの作り方というか。それは今の僕に大きく影響したと思います。

――専攻したゼミのテーマはアートのキュレーション。ギャラリストや学芸員などのキャリアを目指す学生が比較的多いゼミですよね。

もちろん僕も当時思い描いていた未来はギャラリストになることだったんですが、学芸員過程を履修しなければいけなくて、それが結構大変なんですよ。それで早々にあきらめた(笑)。そんなとき、インディペンデントのキュレーターっていう仕事もあるよ、という話を耳にして、それもいいなあと思ったり。あと、当時坂本龍一さんが「LIFE」などをやって(注:1999年に初演された坂本氏のオペラ作品。映像監督をダムタイプの高谷史郎氏が務めた)、メディアアートやITがこれから来るぞ!という気運が盛り上がっていた頃でもあったので、そういうインターネットテクノロジーにまつわる仕事にも興味を持つようになりました。

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ITを通じて情報発信するおもしろさをキャリアの軸に

高校時代にポケベル、PHSがあって、大学生の時にiMacが登場しました。青春時代の多感な時期に、インターネットが当たり前のようになっていった世代です。誰もがクリエイターになれる時代の幕開けを感じていました。ちょうど、多摩美には情報デザイン学科という学科ができたタイミングでもあり、そこの授業に潜り込んだりもしていましたね。

――就職は?

坂本さんの「LIFE」をサポートしたり、NTTインターコミュニケーション・センター(ICC)のメディア展示を一手に引き受けている会社を見つけて、そこに就職したんです。給料も悪くなかったし、興味のあることをできるしで、こんなに幸せなことはないと思ったんですが、今でこそメディアアート展示というのはよく目にしますが、当時はそれだけではやりくりできなかったようで、結局僕はWeb部門に配属されました。そこで社会の洗礼を受けたというか…アートって厳しい世界だな、と初めて実感しました。それ以降はブランドサイトやネットメディアなどを作ったり、その部署のWebにまつわる仕事をひと通り経験。4年目で退社しました。

――クリエイティブエージェンシーのTUGBOATグループに転職したのは、その後ですか?

はい。雑誌のポータルサイトの副編集長として呼んでもらって。その後、Yahoo! JAPANとの共同プロジェクトで新しいWebサービスを始めることになり、TUGBOATグループ内に新たに会社が立ち上り、僕もそこに役員として関わることになりました。日本のクリエイティブ業界を牽引している会社が新しいインターネットメディアを作るという話でしたから、これにはワクワクしましたね。

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――2008年のことですね。ここでは会社経営にも携わった。

もともとコンテンツビジネスには関心があったのですが、実際にやってみて、僕にはとんと会社を経営する能力はないんだってわかりました。そりゃ美大出身ですから(笑)。経営って、ただ売上を伸ばせばいいってわけじゃないじゃなく、次の手、次のビジョンを持ってお金や人、モノといったリソースを配分していくことが大事じゃないですか。そんな当たり前のことも、当時の僕はどうやったらいいのかわからなかった。そのとき最も悩んでいたのが、採用を含めた組織づくりと事業の価値創造。会社が成長すればするほど、その悩みは大きくなっていきました。その時の悩んでいたことが今の自分の仕事にもつながっています。立ち上げから3年を経て、アクセスは1億ページビューを達成するなどサービスも軌道に乗ってきたときに無理を言って辞めさせてもらいました。

会社を辞め、放浪生活の末に行き着いた「起業」の道

――報酬も良かったでしょうし、後ろ髪引かれる部分はなかった?

会社を辞めた2011年はご存知の通り震災があった年。震災を契機に所有することの空しさを感じるようになっていました。会社も辞めたし、家を持つこととか、ひとつの場所に定住することってどうなのかな?と疑問を持つようになった。それで、海外で100日間、実験的にでも好きなところで過ごしてみよう!と思って、世界周遊チケットを買って30都市くらいを回ったんです。その期間で有り金は全部使い切りました。

――100日限定にしたのはなぜだったんですか?

 

あまり長いこと離れるとみんなに忘れられそうだったので、ひとまず期間を決めていました。戻ってみたらみたで想像以上に忘れられていて(笑)、しばらく仕事もせずにふらふらしていました。知人の家を泊まり歩いたり、駒沢公園のベンチで寝たり。いわゆるホームレスですね。貯金も全くなかったので、借金もしました。でも、その頃の僕は「何とかなるや」って根拠もなく思っていた。友達に「転職活動したら?」と言われて、何社かの面接にも行ったんですけど、そのときのテンションに合わなくて…こっちは家もないし、自由だし、何せ美大生気分に戻り切ってましたから(笑)。そんなとき、前職のBENCHを一緒に立ち上げたパートナーと話をして「会社やろうよ」となりました。どこかの会社に所属するのではなく、会社をゼロから作ることに魅力を感じたし、人材紹介業という未知のフィールドもやっていくことのワクワクが優先しました。

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――BENCHの主たる事業内容は、いわゆる人材紹介業ですよね。それをやりながら、横石さんは2013年にTWDWをスタートさせました。

当時、年吉聡太さん(WIRED副編集長)とかナカムラケンタさん(日本仕事百貨)とか兼松佳宏さん(勉強家/元greenz.jp編集長)とか、同世代に面白い人たちが増えてきたのを実感するようになっていて。自分でスタートアップした人もいるし、ソーシャルデザインをやっている人もいる。そういう点を線に、そして面にしていきたいと思ったことが、TWDWを立ち上げたきっかけです。あと、海外を旅したときにいろんな働き方があるのを見てきたんですが、それを踏まえて日本にいる同世代の人の価値観や行動を見てみると、すごく可能性を感じたんです。

――なんでも、第一回を開催する前にリンダ・グラットンさんとも会われたとか。

そうなんです。彼女が『ワーク・シフト ― 孤独と貧困から自由になる働き方の未来図』の日本語版を出したばかりの頃で、編集者の人に「会ってみないか」と声をかけていただいて。でも、まだTWDWのロゴを決めて「TWDWというのをやります!」と言っただけのタイミングだったんですよ(笑)。リンダさんには「日本は均質化、画一化が激しいから、横石君の世代で楽しくしてね」と言われて、かなり火が点きましたね。

――それはすごいことですね。

まだ1回もやってないのに(笑)。

人生100年時代のサバイバル術は“役職の前に役割を考える”こと

――横石さんがTWDWでやっていることって“働き方のキュレーション”みたいなものでしょうか。

もしかしたらTWDWは“働き方のミュージアム”なのかもしれませんね。今やっていることは、自分がかつて目指していたギャラリストとかキュレーターに近づいてきているかもしれません。多様な働き方をどういう形で見せていけば価値が伝わるか、それをプロデュースしているわけですから。

――2016年にBENCHを退社され、&Co.を新たに立ち上げられました。理由は?

人材業に少し携わったことで、いい部分も悪い部分も見えてきた。もっと人材でも広告でも垣根を越えていくことで企業やブランドを強くすることができるという確信があったからです。TWDWはそのひとつのツールだと思っているんですが、もっと自由なアプローチがしたいなと思ったのが理由ですね。&Co.(& Companyの略称)という社名にしたのは、主たる何かがあって、僕がある、でありたいから。関係性があって僕がある。得体の知れない感じがいいなと思って気に入っています。

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――今は社員はいなくて、横石さん一人ですか。

はい、組織的には完全にプロジェクト型です。目的や内容に応じてチームを編成していきます。

――&Co.の主な収入源といいますか、メインの業務は何ですか?

ちょっと古いですが「インテル、入ってる」じゃないですけど、おもしろいモノやコトの裏には&Co.が関わっている存在でありたい。それをブランド戦略といったり、コミュニケーション・プランニングと言われたりするかもしれませんが、あまり事業ドメインは決めないようにしています。名刺の肩書きも、最も何をやっているかわからないランキング1位の(笑)「プロデューサー」にしています。

――それには企業コンサルティングのような要素も含まれますか?

いわゆる“コンサル脳”じゃないのでそんなにかっこいいことは言えませんが、経営や事業成長を考える際にその話し相手に選んでもらうことはあります。そこからアウトプットが必要になる場合はWebや紙、イベントなど領域を横断します。最近はコミュニティ屋みたいな感じで、コミュニティにまつわる相談も増えました。

――将来的にもこの仕事を続けていくと思いますか?

うーん、どうだろう。計画ありきで物事を進めること自体に価値を置いていないですね。今は目の前にある課題に対してお客さんやパートナーとご一緒させてもらっていることが楽しいです。

――横石さんなら、何か行き詰りを感じたらまた新しい仕事を発明できそうですね。そこにまた、人がついてくる。

仕事を創るというのは、実は僕のライフワークとしてすごく大きいこと。ただ、僕は小さなことを積み上げていくことでしか自分を表現できない。文章を書くのも、話をするのも苦手だし、人前に出ることも向いてない。

――でも人が好き。

そう、だからたちが悪いんです。だから何をしたらいいのかな、と考えると、自分のやっている実績をコツコツ積み上げて、あ、こういうのがやりたかったことなのね、と思ってもらうしかないんですよね。それで自分のやっていることを知ってもらえるとうれしいです。

――ちょっと生々しいことを伺いますが、横石さんは自分とお金の関係についてどう考えていらっしゃいますか? 仕事というのは食い扶持でもあるわけですよね。

昔はお金があって初めて幸せになれるのかなと思っていたけれど、お金がなくても人は幸せになれるんだということを学びました。ホームレス時代に僕、自分にかかるミニマムコストっていくらなんだろう?ということを考えて、1カ月当たり自分の年齢×万円だけ収入があったら、自分の満足の行く生活ができるなって結論に辿り着いたんです。自分にかかる最低限のコストを知っているので、覚悟さえあればどうやってでも生きていくことはできます。今は子どももできたので再考を迫られていますが(笑)。

――今の仕事をやる中で「テクノロジーがあって良かったな」と思う瞬間とかはありますか?

テクノロジーがあったからこそ、TWDWをはじめ、今自分がやっているようなことがやれているんだと思う。同じ1時間でも、コンピューターを手に入れて1人が10役を演じられるようになり、スマートフォンの登場でさらに役を演じられるようになった。テクノロジーによって仕事が変わったのではなく、人の時間の使い方が変わったのではないでしょうか。

――働き方や時間の使い方が変わりゆく今、未来指向になって自分から動ける人はいいけれど、会社組織の中ではそれになかなかついていけず、しんどい思いをする人も出てくるかと思います。でも、そのとき限りのプロジェクトと違って、会社組織にはさまざまな人がいますよね。

プロジェクトというのは『オーシャンズ11』みたいなもの。金庫破りを成功させたらパッと解散する。役割だけが求められる世界です。役割を担えない人は何者にもなれない。でも、会社というのは永続的なものですから、役割の作り方自体を考えることも必要だと思うんです。ラベルを貼るのは他人じゃなくて自分だったりしますから、うまく行かなくなったら、まず自分の役割を見つめ直すこと。“役職の前に役割を考える”ことをしない限りはサバイバルできない時代、ということだと思います。


横石 崇

&Co.代表取締役。働き方や仕事にまつわる国内最大規模の知的都市型イベント、「TOKYO WORK DESIGN WEEK」のオーガナイザーを務める。


PHOTOGRAPH BY TOSHITAKA HORIBA
TEXT BY SHIYO YAMASHITA