Life Shift

2017.02.28

テクノロジーが再構築する、医療と患者、医療と医師との関わりかた

2015年8月、厚生労働省は「遠隔診療」の実質的な解禁となる通知を発表した。もともと離島へき地に限定して行われていた遠隔診療について、都市部など全国で実施しても問題ないということが示されたものだ。この通知を受けて、医療分野のウェブサービスを展開する株式会社メドレーでは、2016年2月にスマートフォンやPCを活用し、患者がオンライン上で医師の診療を受けられる「CLINICS」をリリース。患者、そして医師も含めた「人と医療との関わり方」に変化をもたらそうとしている。
医療費の増大が叫ばれるいま、患者も医師も医療とどのように向き合うべきなのだろうか。多くの現役医師が在籍することでも知られる株式会社メドレーを訪問し、代表取締役医師の豊田剛一郎氏に話を伺った。

医療のあるべき姿を示す「代表取締役医師」

株式会社メドレー(以下・メドレー)は、「医療ヘルスケア分野の課題を解決する」を目標に、医師500人がつくるオンライン病気事典「MEDLEY(メドレー)」、医療介護求人サイト「ジョブメドレー」、口コミで探せる介護施設の検索サイト「介護のほんね」、そして先述したオンライン診療アプリ「CLINICS(クリニクス)」を提供している。

同社で代表取締役医師を豊田剛一郎氏は、脳外科医として臨床現場での勤務経験を持つ。メドレーの取り組みの原点は、豊田氏自身が医師時代に感じた”憤り”にあるという。

「脳外科医は、医師の中でもとりわけハードワークが求められる職種です。この職種を選ぶことが物語るように、当時私は医師を辞める気は一切ありませんでした。しかし、現場の医師の疲弊や非効率的な医療システムを間近で見る中で、日本の医療の未来に強い危機感を覚え、またそれが変わっていこうとしない状況に憤りを感じました。問題を見て見ぬふりをして先送りをしているだけだと感じたのです。ただその一方で、ひとりの脳外科医として働く限り、目の前の患者さんのことを考えることが最優先になり、医療の未来のために時間を費やすことは難しい。そう考えたときに、現場にいてはむずかしい、日本の医療の『仕組み』を変える側に立とうと決意しました」

臨床の現場を離れた豊田氏は、「病院でしか働いたことがない自分は広い視野とビジネス経験を持つべき」と考え、コンサルティングファームのマッキンゼー・アンド・カンパニーへ転職。医師が持つ患者第一の精神と、マッキンゼーのクライアントファーストの姿勢は近く、まったく異なる現場でありながら豊田氏はコンサルとしてのキャリアを着実に積んでいく。その後、小学生時代の同級生でもある代表の瀧口浩平氏の誘いで、メドレーに「代表取締役医師」として参画する。

「医療分野の事業を手がけるにあたっては、どれだけ良いサービスをつくっても、病院や国も共感し動かなければ、未来を変えるようなサービスは普及しません。ですから、私は医療のあるべき姿を目指し、医師や省庁、政府など、外部のステークホルダーを巻き込んで大きなうねりを生み出していく。それが代表取締役医師としての役割です」

遠隔診療の導入で、生まれた”メリハリ”

同社が展開するCLINICSでは患者や医師の医療との関わり方に変化をもたらそうとしている。「遠隔診療」が求められてきている背景や課題を、豊田氏は次のように指摘する。

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「病院に通う患者さんは、既に痛い、つらいなどの症状がある方がほとんどです。でも、症状がなくても治療を受けるべき人がいる。例えば、『血圧が高い』と健康診断で通院を勧められ続けていたにも関わらず、病院に行かなかったせいで、脳卒中を起こして病院に運ばれる方を見てきました。脳卒中になってから治療するのではなく、高血圧の時点で治療する。さらには、高血圧にならない生活をサポートする。大きな病気になることを事前に防ぐ『予防医療』が求められているんです」

厚生労働省の調査*によれば、日本には高血圧の患者が約1000万人、糖尿病の患者が約300万人、高脂血症の患者が約200万人いるという。これら生活習慣病は脳卒中や心筋梗塞など重大疾患を引き起こすにもかかわらず、病院で治療を受けていない方が多くいるのが現状だ。
*厚生労働省 平成26年(2014年)患者調査の概況より

「生活習慣病の患者さんは、自覚症状がないためそもそも受診しなかったり、途中で治療をやめる方が少なくありません。しかし、患者さんと医師の接点は病院しか存在せず、こうした患者さんに定期的な通院を強いる必要がありました。そこから、患者が医療に接する機会を多様化するために、オンラインを取り入れた診療が活用できるのではないかと考えたのです。治療が必要な人に適切な医療を届けるのが医師の仕事であり、その手段は必ずしも対面だけに限る必要はありません」

患者が医療と接する機会が多様になれば、患者と医師のコミュニケーションはどう変化するのか。遠隔診療が可能になったことで、診察に”メリハリ”が生まれたという。

「実際CLINICSを導入された医師の方からは、必ずしも毎回来院を指示するわけではなくなることで、診察にメリハリが生まれたという声をいただいています。例えば、今までは『じゃあまた来月来てください』とルーティンに言っていた患者さんに、3ヶ月に一度だけ通院してもらい残りは遠隔で診察するとします。すると、患者さんが対面での受診の重要さや長期的な治療スケジュールを理解することで、治療への意欲が高まるといった手応えもあるようなのです。また、診察の頻度を増やした医師もいました。本来は毎月診察をしたいと思いながらも『患者に病院に来てもらうのは悪い」と感じ、頻度を減らしていたそうです。しかし、オフラインとオンラインを組み合わせることが、診察のハードルを下げ、より細やかな診療につながったと聞きます」

「遠隔診療」が医師の働き方をより柔軟なものに変える

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遠隔診療は、臨床現場における「医師の働き方」をも変えはじめているという。患者が在宅で診療を受けているのならば、必ずしも医師が病院にいる必要はない。現状では医師の診療は診察室で行われるが、遠隔診療が広がれば、医師が病院以外で診察を行うことも検討される可能性がある。また、CLINICSは医療における地域格差を解決する可能性を秘めている。

「例えば、東京の病院に勤務している医師が週に1日だけ静岡の外来を診ているといった場合、東京で静岡の患者さんに遠隔診療を行えれば、週1日の外来時間だけでは対応しきれない患者さんも診察することができる。例えば専門家の少ない希少疾患では、このようなニーズは高いと思います。病院の数や、診察できる医師の数に限りのある地方の場合、遠隔診療は大きな役割を果たすでしょう」

CLINICSを導入することで大きな変化を期待できるのが、在宅医療を行う医師だという。患者の自宅を毎回訪問しなければいけない在宅医療において、移動時間の負担はとても大きいが、特に医療過疎地では医師1人あたりがカバーする患者数が増加している。そのような場合に、一部をオンラインに置き換えられることで診療を効率化するというのだ。実際に導入を予定している病院では、遠隔診療を導入することで、診察できる患者数を増やす見込みであるという。遠隔診療の導入で変わったのは、患者と医師のコミュニケーションや、診療のあり方だけではない。医師自身が、一つひとつの診療行為自体の価値や質、効率性を考え直すきっかけにも繋がり始めているというのだ。

「医療現場で使用していただいている方が徐々に増えてきた中で、ユーザーの医師からはCLINICSの導入が、今まで当たり前に行っていた診療のあり方を考え直すきっかけになったという声もいただいています。スマホが普及している時代に医療が対面して診ることの価値を改めて考えたり、自分が対峙する患者さんは本当に医師が見なければいけないかを考えたり、といった話もありました。医療行為は単純に「病を治す」だけではありません。人と話して安心してもらったり、コミュニケーションを通して課題を見いだしたり解決することもある。今までイコールだった対面と診察が切り離されたことで、医師は改めて医師にしかできないことは何かを問い直すことが求められているのかもしれません」

「医師の働き方」の多様化

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メドレーには、同社のビジョンに共感した、多様なバックグランドを持つ社員が集まっている。そこには、現役の医師をはじめとした医療従事者も多く在籍しているという。彼らのほとんどは週1で当直勤務をするなど、メドレーの仕事に従事しながら医療現場との接点も持ち続けている。「あくまでも強制しているわけではないのですが…」と豊田氏は前置きをしつつ、メドレーらしい働き方に対する考え方を語ってくれた。

「ひとつは、医療従事者の観点を失わないようにという意識を持ってくれているからです。医療サービスは、医師が『使いたい』と思わなければ広がりません。ですから、医療に携わる者の視点で『医療の課題が何で、それがMEDLEYのサービスでどう良くなるのか』を丁寧に伝えることが求められるのです。

もう1つは現実的なところで、医師メンバーに対し、医療現場と同等の給与を維持するのは難しいのが現状です。無論、それでいいという想いをもって来てくれているのですが、結婚して子どももいるようなメンバーは月数回の当直を行うことで、その分を多少なりとも補っています。そのあたりも含めて、メドレーの医師にはフレキシブルに医療現場と兼務してもらっています」

このような働き方、そしてメドレーという医療サービスを提供する企業という場を通して、豊田氏は「医師のキャリアパスの多様性を促進したい」と語る。

「私は、メンバーの医師メンバー皆に『メドレーに骨を埋めてくれ!』とは言っていません。もちろん長く一緒に働いて欲しいというメンバーばかりですが、今後どんどん多くの医師がメドレーに関わるようになることを考えると、全員が臨床を完全にやめるのは現実的ではありません。メドレーという場でビジネスの視点や医療現場以外から医療を見つめる視点を持ち、再び医療現場に戻っていく。そういう医師がいてもいいですし、どんどん増えてほしいともと思っています。実際に『一定期間はメドレーで働き、その後医療の現場に戻ることを考えている』という条件で入社した社員もいます。

昔は臨床現場に出るか、大学院で研究を続けるか、医師のキャリアパスはとても狭いものでした。しかし、医師の40年近いキャリアの中で、一定の期間を事業会社やスタートアップなど、医療を少し離れたところで過ごすことは絶対に臨床現場に戻ってもプラスに働くと私は考えています。少なくとも、メドレーで働いている医師は全員そう思っていると思いますし、何より私が臨床現場に出て数多くのことを学んできたという実感があります。臨床現場以外にも、医師が医療に、社会に貢献できる事例をつくっていきたい。メドレーがそのロールモデルになれればいいと考えています」

医療関係の学生がビジネスコンテストを開催したり、医学生がスタートアップでインターンをするようなケースも増えるなど、医学に携わる人々の意識は着実に変化を始めている。恐らくそう遠くない未来に医師のキャリアパスはより多様なものに変化していく。

「寿命100年時代が到来する」と言われる中、私たちの生活は医療とより密接に関わっていくことになる。テクノロジーの発達によって、人と医療の関わり方は今後も変化が求められ続けていくだろう。


PHOTO BY KAZUYA SASAKA
EDITING BY KAZUYUKI KOYAMA
TEXT BY KOTARO OKADA