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Life Shift

2017.02.23

広島と東京の2拠点をベースに活動する建築家が、モバイル時代の働き方とオフィス概念を語る

出身地である広島を拠点に活動を続けたのち、東京にも進出。2都市をベースに縦横無尽な活躍ぶりを見せているSUPPOSE DESIGN OFFICE(サポーズデザインオフィス)建築家の谷尻誠氏に、業種の枠を超えたシェアオフィス・スタイルと、「社食堂」を併設予定のユニークな新東京オフィスで、新しい働き方の可能性を聞いた。

地方と東京、2拠点で働くというデュアルベーススタイル

—広島と東京、2つの事務所を持つに至った経緯と、それぞれの機能についてお話しいただけますか

そもそも地元である広島で事業が回っていないと、東京でもやれないであろうとは思っていました。僕らは作品で評価される職種なので、まずは地元で実績をあげて、それを東京から取材に来たいと言って貰えるようになることを目指しました。そんな折り、2008年に東京の展示会で「東京事務所」というタイトルの空間を設計し、実際にそこで働くというオープンオフィス的な試みをやったんです。会期が終わった際、そこで使った家具や什器を引き取る場所がなかったこともあり、結局、展示空間と同じ大きさの部屋を東京に借りました。荷物が置けて仕事もできるような、簡易的なサテライトオフィスとして2拠点体制が始まったんです。するとだんだん忙しくなって、東京にも人を常置させないといけなくなり、2年前、渋谷区に事務所を開設しました。その後、東京での仕事がさらに順調に増え、同じ渋谷区内の今の場所に移転したというわけです。

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—2拠点を持つことのメリットとデメリットには、どんなものがあるのでしょうか

メリットは東京と違って広島では広い空間を所有できることですね。空間に余白があると、模型ひとつ作るにしても東京より大きいものが自ずとできるんです。東京にいると確かにエキサイティングではありますが、もっとゆとりの空間と静かで何もしない時間を所有したいと願うようになります。東京の中心地ではよほどじゃないと土地も家も買えないですが、僕の住む広島市内のマンションは東京とは比べものにならないくらい安い。ゆとりや余白は空間にも経済にも必要だと思います。それがなくなると心も体もやさぐれてしまいます。もうひとつ、僕のように東京と広島を行き来していると、日々の暮らしにON/OFFが生まれる感じも気に入っています。
あえてデメリットを挙げるとすれば移動にお金がかかることでしょうか。でもそれぞれの土地で色々な人に会えたり、仕事をしていく上ではメリットの方が多いですね。

—東京の新事務所を設計されるにあたり、どんな工夫を盛り込まれたのでしょうか

いかに空間を分けないでオープンなままにするかという部分にこだわりました。オープンという言葉は外に対してもそうで、実は写真家の若木信吾さんの席もあるんです。事務所が広いのでインスタグラムで「シェアオフィスにでもしようかな」と書いたら驚いたことにご本人から連絡が来て。せっかくなので若木さんのエキシビションもやる予定です。普段はオフィスで時々はギャラリーでもあるような、時に名前や機能が変わる場所が面白いなと思っています。

—仕事の効率や生産性を上げるために、何か工夫されていることはありますか

実はあまり効率性は追求してはいません。帳尻を合わせてくれればいいという感覚です。例えば子供のころ学校から家まで30分で帰れるところを2時間かけて帰ったりしましたよね。無駄とも思える時間に色んな発見をしてきたはずです。大人になると30分のところを20分で帰ろうとしたりする。時間の節約にはなるかもしれませんが、新しい発見はありませんよね。急ぐべき時は急げばいいですが、そうでない時はちょっと寄り道して新しい発見を探すことも重要です。スタッフには上手に「職権乱用」して欲しいと思っています。仕事で広島から東京に来るのであれば、会社が交通費を出しますよね。そのついでに美味しいものを食べに行ったり、展示会を見に行ったりしてもいい。何か新しい発見のためにね。
仕事の進め方も、スタッフには考えて貰う癖をつけるために、ふだんからできるだけ指示を与えないようにしています。スタッフから「ここどうしたらいいですか?」と訊かれたら「あなたは何にも考えていないの?」と返します。やはり、個人の自主性と能動性を大事にしたいと思いますね。

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外に開かれた、一般利用もできる「社食堂」ができる

—東京オフィス内に「社食堂」を作られるとのことですが、どのようなコンセプトなのでしょうか

設計事務所は、時に働く時間も食生活も乱れがちなので、体調管理について考えてみたんです。根本的にはやはり食生活が大事だと思い、スタッフの健康管理のためにも食事が出来る場所を作ろうと考え至ったというわけです。実は広島で計画していたことで、古いラブホテルを1棟丸ごと借りて1Fに食堂、2Fに事務所、上の階で人が寝泊まりできるような場所を作ろうと思っていたのですが、規制上の問題もあって実現できなかった。ちょうど東京の新オフィスが必要以上に広かったので、ここでまずは食堂をやってみることにしたんです。

これまでの時代は、英語は英会話教室で、ピアノはピアノ教室で習うという発想でしたが、これからは英語でピアノを習えばいいじゃないかと。スマートフォンのように、いろんな機能をひとつで叶えていく時代だと思うんです。オフィスも働くだけではなく色々な人が来て、どういう人たちがどういう働き方をしているかプレゼンテーションする場所になってもいいと思いました。食をきっかけに建築を知って貰えるような、混ざり合った場所を作ろうというのがコンセプトです。

完成はもう少し先ですが、実はシェフとして3つ星レストランのジョエル・ロブションで働いていた人物が来てくれることになりました。ですがメニューはあえてカレーとか丼ものなどの定番と日替わり定食があるくらい。出来るだけシンプルに「賄い」のイメージでやろうと思っています。昼夜カジュアルに食べられて楽しくお酒も飲める。でも器がこだわっているとか、そういうギャップがあるといいなと思っています。設計事務所というと敷居が高いイメージがあるので、町医者的な顔の見える事務所にしたいですね。

デザインではないところで勝負するSUPPOSEの建築とは

—谷尻さんの建築はデザインも特徴的ですが、技術点の観点から特別なアプローチはされているのでしょうか

環境のエンジニアリングということを考えると、空気のコンディショニングも数値化できる時代なんです。エアコンはなくても湿度を下げると涼しく感じるというようなことができるから、空気のデザインをします。他に採光にもポイントがあって、ついできるだけ大きな窓で採光をとって明るい空間を作ろうとする人が多いんですが、すると外の風景が見えなくなってしまいます。借景という言葉があるように、部屋は少し暗いくらいで部屋と外の広大な景色がつながるような空間作りを大切にしています。

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SUPPOSE DESIGN OFFICE Co.,Ltd.

そういったデザイン以外からのアプローチのプレゼンがとても大事です。デザインだけでプレゼンをすると、どうしても審査員の好みで判断されてしまいます。でも、空気や光を含めた環境で提案できると差別化ができるんです。せっかく全面を窓にしても、実際は暑くてブラインドを下げっぱなしというような建築もあるじゃないですか。そうではなくて光と空気をコントロールするにはこんな考え方はどうですか、と提案するんです。趣味嗜好以外の要素でこそ空間の本質を問うことができるのではないでしょうか。あとは空間デザインだけでなく、その空間を使って何をするかの企画とか勝手にロゴデザインをしたり、頼まれていないことでも勝負したりしますね。「この人たちに頼むと、全体を俯瞰で見て貰えそうだ」と思われるような提案をできるのがうちの強みかもしれませんね。

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—谷尻さんの建築にかける想いはどのようなものでしょうか

僕が建築家になって感じているのは、建築は素晴らしい仕事なのに残念なほどに知られていないということでした。お金持ちじゃないと建築家には依頼できないという既成概念が世の中にはあって、まだまだ敷居が高いんです。もっと「建築を開いていく」というのは、始めて以来ずっと取り組んでいるテーマかもしれない。誰もが分かりやすい言葉で建築を伝え、社会性のある活動をしたいです。その観点で言うと社食の次はホテルをやりたいですね。世界中から人が集まっていろんなカルチャーが渦巻く、その交差点で仕事がしたい。建築を作るためには、そういうカルチャーを自らが知らないとできません。高級ホテルに泊まったことのない人が高級ホテルは作れません。自分たちの体験と結びつくことを仕事としてやりたいですね。

—それを叶えるための、谷尻さんの信条は?

僕自身は「お金で経験を買う」という考えを大切にしてきました。とくに若い人はお金ができると貯めようとするけれど、僕はそのお金を使ってさらに新しい体験を買い、それを利用してまた新しい仕事をして、またお金を稼げればいいと思っています。スタッフにもいつもこう言っています。「1万円なんて、物質的には20円くらいの価値しかないんだから、使わずに持っているだけでは20円持っているのと変わらないよ。後生大事に持っているより、価値ある体験に替えた方がいいよ」って。あと、自分を高めていくには本来の自分よりも少し「背伸びをする」っていうのも大切なことだと思います。もっと色々なところに出かけて行って、仕事のように遊ぶといい。すべての遊びは絶対に仕事の役に立つんです。

—最後に、これからの目標を教えてください

広島、東京の次は、海外にも事務所を作りたいですね。候補地としては、メルボルンがいいんじゃないかと思っています。時差が少なくて、季節が逆で食も合いますし。就職する時に海外で働くという選択肢もある会社って魅力じゃないですか? それと有給休暇30日というルールもあります。30連休取っても良い。休みの取り方もスタッフが自由にデザインしたらいいんです。みんな、給料を上げるより喜んでいますね(笑)。僕自身のモチベーションは「自分の知らないことに対する好奇心」です。建築家は旅をすればするほど仕事に生かされる、最高な職業だと思っています。建築はあくまで足し算なので、ベンチャーみたいに化けはしませんが、その地味さも含めて好きですね。

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谷尻 誠

1974年、広島県生まれ。94年、穴吹デザイン専門学校卒業。本兼建築設計事務所、HAL建築工房を経て2000年、SUPPOSE DESIGN OFFICE設立。2014年より吉田愛と共宰。現在、大阪芸術大学准教授、穴吹デザイン専門学校特任講師、広島女学院大学客員教授を兼任。JCDデザインアワード、グッドデザイン賞、INAXデザインコンテストなど受賞多数。著書に『1000%の建築~僕は勘違いしながら生きてきた』『談談妄想』など。


PHOTOGRAPH BY MOEKO ABE
TEXT BY SHIGEKAZU OHNO(lefthands)
EDIT BY KEISUKE TAJIRI