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Life Shift

2017.01.31

企業と従業員の幸福を両立する、日本マイクロソフト社の「テレワーク」という選択肢

多様な働き方のひとつとして、ICTを活用した「テレワーク」が注目を集めている。厚生労働省・総務省・経済産業省・国土交通省の4省庁も、2015年、2016年のそれぞれ11月にテレワークの普及推進施策「テレワーク月間」を実施。その施策のベンチマーキングモデルとされているのが、日本マイクロソフト社だ。ただし、そこで実施されているのは、一般に解釈される「テレワーク」ではない。その独自性と効果、また狙いは何か。その推進者である、マイクロソフトテクノロジーセンター エグゼクティブアドバイザーの小柳津 篤氏に話を聞いた。

前提にあるのは、業務の効率化と生産性の向上

「テレワーク」とは、“在宅”“モバイル”“サテライト”の3形態での労働を示す。主たるオフィスではないところで働くという意味だ。その働き方は、例えば、産後・育児・介護のライフステージ下にある人々が、仕事に従事、継続しやすくなると考える人も多いだろう。しかし、日本マイクロソフト社の場合は、前提が異なる。特定の働き方を希望した誰かではなく、“全員”“毎日”が対象だ。

「日本マイクロソフト社で実践しているテレワークを含むフレキシブルワークの前提にあるのは、企業の成長。つまり語弊を恐れず言うならば、“儲かる”ことにあります」

企業が社員に対して提供する、福利厚生的な“救済プログラム”ではないということだ。「出産、育児、介護など、社員のライフステージに合わせたサポートは、社会的にも大切なことです。ただ、われわれが“働き方の多様性”を実施した動機は、社員全員が、毎日、より生産的に、より付加価値を高め、かつ働きやすい状態を作ろうということ。それが実現できれば、会社にとってもお客様にとっても、従業員にとっても非常によい状態になる、という考え方です」

まず、マイクロソフト社における「テレワーク」とは「オフィスに来なくても良い」ということではない。オフィスかモバイルかは選択肢であり、目指しているのは仕事の効率性と働きやすさの両立である。

「勤務制度は、“いつでも”“どこでも”のひとつ。在宅勤務制度ではありませんし、一方でコアタイムもありません。だからといって出勤しない社員はいませんし、1日の半分はオフィスで作業に従事しています。モバイルやクラウドが活用できる環境を整え、“いつでも”“どこでも”仕事ができるようにサポートします。多様な選択肢を与えますので、その時の最適な方法で業務を遂行してくださいということです」

それは、早く意思決定し、早く実行するビジネスを可能にするためだ。同時に、多くの日本企業が時間を割いて行っている手続き型業務を、できる限り、標準化、マニュアル化し、アウトソーシングできるようにしたという。一方で、マニュアル化できない、かつ付加価値が高いプロジェクト型業務やネットワーク型業務に、社員を配置し、チーム作業として預けている。

「プロジェクト型業務やネットワーク型業務は、サッカーのパス回しのように、プレイヤーの位置はもちろん、芝の状況も含めて、臨機応変に仕事を進める必要があります。テレワークのひとつのメリットは、いつでもどこでもコミュニケーションが取れる環境下にあること。パス交換のスピードが早くなれば早くなるほど、プロジェクト全体のリードタイムは短くなります。つまり、生産性、効率性が高まるということです」

また、仕事は企業の成長に伴い、ボリュームが大きくなったり難しくなったりする。しかし、そこまで潤沢に社員は増えない。「だから、いろんな人を自分の仕事に引き込んで、成果を出していかなければいけない。より広い範囲で、適切な人財とコミュニケーションをとることが大切。それを必ずしも、オフィスに出社せずともできる環境を用意している」

小柳津氏は「ただし」と念を押して続ける。「だからといって、ワイガヤ的なこと、Face to Faceを軽んじているわけではありません。われわれにとってFace to Faceは最もプライオリティの高いコミュニケーションです。人間関係やコミュニケーションを深めて、プロジェクトや組織活動を進めていくということ自体は変わりようがありません。そのためにオフィス空間も再設計し、社員のデスクもフリーアドレスを採用し、流動性を担保しました。むしろ“オフィスにいないと会議ができない”“全員が揃わないと決められない”ということはやめましょうということです。非効率ですから」

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事実、社員満足度も高まったという。社員がやるべきことは明確になり、仕事がやりやすい、仕事の成果が出やすい環境が生まれた。残業時間も減り、家族と過ごす時間が増え、結果的に、子育てや介護に当てる時間も確保できるようになった。実際に、小柳津氏の親も、妻の親も要介護の認定を受けているそうだ。「ただ、介護と仕事の時間を重ねていいわけではない。どうしても休みをとれない日でも、移動中も家でも病院でも仕事ができる環境にはある。事実上、自分の生活と仕事を近い距離で行うことができます。ただ、もし、介護や子育てに専念したいのならば、介護休暇、育児休暇を取りましょうということです」

ある一週間の体験が、気づきを与えた

この働き方の多様性を実現するモデルを、どうやって“全員”に浸透させたのか。それは啓発活動にあるという。
「啓発活動において重視しているのが、言語化と体験です。言語化はCMのようなもの。一度言語化すれば、社長の訓示にも使えますし、ポスターを貼ることもできる。そして体験させること。新しいことを始めるとき、人はネガティブな心配をしてしまうものですが、まずやってみることが大切です」

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日本マイクロソフト社のフレキシブルワークは、2003年くらいから草の根的に行われていたという。そして、トライアンドエラーを繰り返し、2010年後半から2011年にかけて、労務管理と情報管理における懸念事項が一定の水準でクリアできる環境を整えた。しかし、まだ習慣化には至っていなかったという。「環境が整っても、マイクロソフトのオフィスの外には、深夜残業帰りの社員を捕まえようと、タクシーがたくさん待機していましたから」。

そのとき、東日本大震災が起きた。

「金曜日に震災があり、休日の間に社長からメールがありました。皆さんと皆さんの家族の安全を第一優先に考え、間違っても来週一週間会社に来ないでください。ただし、月曜日の朝からすべての業務を再開します、と」

“それができる労働環境は整っているから、どこからでも仕事できるでしょ?”というわけだ。「営業だけとか、推進者だけでなく、全業務です。全業務を会社に来ないで1週間やってみたんです。すると、意思決定もコミュニケーションも。何にも困らなかった。また当初懸念されていたリスクも起こらなかった。全員がその同じ体験をし、同じ気付きを得たことで、一気に習慣化されていったのです」

未来のイノベーションを見据えての「テレワーク」

しかしこれは、日本マイクロソフトのビジネスだから有効な話なのではないか?
国際競争の激しい、IT業界ならではのことなのではないか。例えば、車の部品を作るように、ひとつのラインに沿った作業をする企業や小売店のように人がそこにいなければ成り立たない仕事においては、この「テレワーク」をベースにしたフレキシブルワークは効果的ではないのか。

小柳津氏はこう答える。

「近年、われわれの会社には、行政の方々をはじめ、さまざまな企業の方が視察見学に訪れています。企業もIT関連だけではなく、流通業など業種業界はさまざまです。それはなぜか。みなさん、業務分析をしているんです」

ライン作業で、ネジを締めている。その瞬間はもちろん現場にいなければいけないだろう。しかし、報告書などの作成はそこでやる必要はあるのか。小売店での棚卸などの作業は必要だ。ただ本社へレポートを送るのは、バックヤードでやる必要はないのは確かだ。「Aさんが、ずっとその現場にいないといけないとかどうかいう議論をするよりも、どの仕事はここでやるべきか、どの仕事に対しては、どういう選択肢があるかを考えるべき」。そういったポイントにも、「テレワーク」の可能性はあるということだ。

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「また、現在、様々な人が指摘している通り、今後、ロボットやAI、クラウド、IoTが普及段階に入ってくるでしょう。マニュアル化、標準化できる業務を、それらが取って代わる可能性もあります。ただ、AI技術が飛躍的に進歩したとしても対応できないのが、コラボレーション、コミュニケーションの世界。1体1の会話ですらまだたどたどしいですよね。結果的に、人間にしかできない業務はn対nの会話が行われるディスカッションや価値創造、つまり、ネットワーク型やコラボレーション型の作業領域に寄っていくと考えられます」

第三、第四のイノベーションが起こる未来を想定した上で、「テレワーク」という選択肢が担保する可能性を小柳津氏は見据えている。

「労働者人口が減少し、国が人を支えるための手当が増えていく。いまの日本がおかれている危機的な状況の中で、明るい話と言えば、技術革新が進み、いろんなことが革新的に可能になっていくこと。テレワークを含め、働き方の多様性は、その状況において有益に働く。われわれはそう考えています」


小柳津 篤

マイクロソフトテクノロジーセンター エグゼクティブアドバイザー。
1995年、日本マイクロソフト社に入社。営業、マーケティング部門を経て、2002年よりビジネスプロダクティビティアドバーザーチームをリード。働き方の多様性、ワークスタイルの改革に関する100社以上のユーザープロジェクトに参加し、現在は、政府が推進する「テレワーク月間」では副委員長も務めている。


PHOTO BY TOSHITAKA HORIBA
TEXT BY MASANOBU MATSUMOTO