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Life Shift

2017.01.19

1キロ10円だったみかんの価値が240倍に。和歌山の農園にITがもたらしたイノベーション

「アマン東京」「フォーシーズンズホテル丸の内 東京」をはじめ、東京や京都で食通の定宿として知られるホテルがこぞってオリジナルのジュースを発注している農家がある。それが、和歌山県・有田郡にある「谷井農園」だ。家族経営の零細農家からスタートしたこの農園の三代目社長・谷井康人氏は、UCI(カリフォルニア大学アーバイン校)でコンピュータ・サイエンスを学んだという異色のキャリアの持ち主。自身の人生と農園にITがもたらしたイノベーションについて、谷井氏に話を伺った。

サービスの質と働きやすさを同時に変えた、自作のデータベース

ーみかん農園の三代目として育った谷井さんが、アメリカでコンピュータ・サイエンスを学ぶに至ったきっかけは?

高校卒業後に1年間だけ働いていた浜松の農園で、園地管理のためにデータベースを扱っていました。そこでコンピュータのおもしろさに開眼。昔から物理など、仮説から実証を経て結論を導き出すような学問が好きだったので、性に合ったのでしょうね。この道を究めたいと思い、1年で農園を辞め、留学を決意しました。コンピュータ・サイエンスのプロフェッショナルになり永住しようと、希望に燃えての渡米だったんです。

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ー何がきっかけで家業を継ぐことになったのでしょうか。渡米時に思い描いたビジョンとのギャップはどう埋めたのですか?

1年ほど経った頃、父が肝臓がんで余命わずかとの知らせを受けました。長男の自分が何とかしなければと、和歌山に帰ってみかん農園を継ぐことを決意しました。その後父は奇跡的に回復したのですが、アメリカに戻ろうとは思いませんでした。「コンピュータ・サイエンスを究めて海外に住む」というビジョンとは離れた道だけれど、こういう選択もありだと腹をくくったんです。それで、みかん農家になりました。私が継いでから、谷井農園では収穫したみかんを市場へ出荷するのではなく、個人通販に集中することにしました。個人通販はお客様とのコミュニケーションが密接です。どこに住んでいる、どんな味を好むお客様に、どんなみかんをお売りするか…お客様とのエンゲージメントを深めながら自分が作りたいみかんを究めていくことに、やりがいを感じたんです。さらに、個人販売にこそ大学で学んだコンピュータ・サイエンスの知識と経験を生かせるのではないかと思い、顧客データベースを自分で設計することにしたのです。

ー最初から自分で設計されたのですか?

最初は簡単な顧客管理さえできればと、IBMにプログラムを組んでもらいました。1990年前後の話で初期費用は400万円くらいだったと思います。ところが、使い始めたそばから次々と改修したくなり…。そのたびに費用がかかるのも大変でしたし、自分で作ればより理想的なものになるに違いないと思い、自前での開発を決めました。400万円の投資をすべて捨て、Macを2台購入。1日だけ専門家を呼んでレクチャーしてもらい、あとは独学でプログラミングに挑みました。インターネットもない時代で、パソコン通信を使ってBBSから情報を収集しながらコツコツと構築していきました。最初に働いた農園でもデータベースは導入していましたが、こんなに多種多様な情報を、誰でも扱えるようなシンプルなシステムに集約したのは私たちが初めてでしたね。

ー自作のデータベースを導入することで働き方は変わりましたか?

スタッフ全員が、電話で注文を受ける際にお客様をお待たせせずに必要な情報を入力できるようになりました。これなら働く人とお客様、両方のストレスが軽減されますよね。地方でコンピュータを導入する場合は特に、複雑なシステムは働く人に高い壁を作ってしまいます。けれどうちのシステムは携帯電話のメールやLINEのように操作できるので、働く人のITリテラシーという壁をぐんと下げられたんです。

ーオフィスでは、商品の梱包作業をスタッフの方々が手作業で行っていました。中でも、メッセージカードを丁寧に手書きしていた方がいらしたのが目をひきました。

情報管理のプロセスを簡略する一方、サービスの向上は常々心がけています。データベースの情報をもとに、おひとりおひとりにお誕生日などの記念日をお祝いするメッセージや、お住いの地域の気候やお天気に合わせた季節のご挨拶などをしたためてDMとして送ったり、商品に同梱しています。DMをご覧になったご家族からお客様が亡くなられたと連絡をいただくこともあり、そんなときにはみかんやジュースにお手紙を添えてオリジナルで調香したお線香と一緒にお送りしています。機を逸することなく感謝の気持ちをお届けできるようになったのも、ITの助けがあったからですね。

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ITが変えられること、人間にしかできないこと

ー谷井農園にこのデータベースがもたらしたイノベーションは?

何年何月にどこの畑で採れたみかんを何箱購入されたか。ご自宅用か贈答用か、贈答用であればどこにお贈りしたか。すべてのお客様の購入履歴をデータベースで管理しています。その履歴は、例えば、注文いただいた時点で採れたみかんを送るべきか否かを判断するのに使います。「この年に採れたみかんを気に入って注文してくださったのであれば、今年のみかんは口に合わない」と判断すれば、ご注文いただいても「お口に合わないと思いますので」とお話しし、お断りしています。結果、「谷井に注文すれば、本当に美味しいみかんだけを届けてもらえる」という信頼を得られたのだと思います。その信頼があったからこそ、「1キロ10円のみかんの価値が240倍に」というイノベーションが生まれたのでしょう。

ーみかんやジュースの生産についてもデータベースを作っていますか?

みかんも、ジュースやコンフィチュールなどの農産加工品も、味や品質の判断基準は人間の手と目と舌。コンピュータ上でデータ管理することはありません。みかんの栽培に使う肥料は動物の糞や魚粉、落ち葉などを使って自分で配合しますが、これも木の様子を目で見て判断しながらその都度作っています。データベース化すればすべてのスタッフに共有できる、というものではないからです。これはジュース作りについても同様ですね。

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最大のピンチを経験して、働き方が変わった

ージュースは「アマン東京」を始め、東京や京都の有名ホテルに採用されています。きっかけとなった出来事は?

食通にもファンの多い東京の有名ホテルと商談の機会があり、「ぜひ飲んでもらいたい」と、みかんジュースを持参したことです。ホスピタリティから内装に至るまで学ぶ点が多い、憧れのホテルでした。担当者に飲んでもらったところ、「おいしいけれど、うちは外資系のホテルなのでみかんジュースは扱わない」と。けれど、オレンジやピンクグレープフルーツなら再挑戦できるのではないかと発想を変えました。信頼できる取引先から外資系ホテルで取り扱ってもらえそうな果実を仕入れ、1か月がかりで熱の温度や絞り方を模索。ようやくできた自信作を担当者にお送りしたところ、取引が決定しました。その後も味やパッケージなど、すべてにわたり改善に次ぐ改善の繰り返し。その熱意が実を結んだのか、紹介などのご縁もあり、さまざまなホテルから声をかけていただけるようになりました。

ー今まで「失敗した」と思ったことと、それがきっかけで変わったこと、変えたことを教えてください。

3年ほど前に、最大ともいえるピンチがありました。取引先のホテルから「グレープフルーツジュースにゴミが入っていた」と指摘を受けたのです。しかも前述の、最初にジュースを採用してくださったホテルから。変色した果肉がジュースの加工工程で残ったものでゴミではなかったのですが、「衛生管理ができていない」と取引を切られても仕方ない事態でした。幸いなことに取引中止は免れましたが、自信を失ったせいなのか、ありとあらゆることがうまくいかない日々が続きました。そこで、ゴミやホコリの混入など決してありえない「日本一きれいな農園」を目指し、そうじを徹底することに。今では全員が参加していますが、最初は嫌がるスタッフもいたので、まずは私自身が行うことにしました。毎朝4時に起き、工場もオフィスも、ぞうきんがけもトイレそうじもやっていますよ。続けていくうちに、気持ちが前向きになりましたね。そうすると、仕事がまた軌道に乗り始めたんです。習慣が変わると意識も変わり、いい流れに乗れるようになったのでしょうね。それと、余裕をもって仕事ができるように私とスタッフの働き方を見直して、平常時の稼働率をぐっと下げました。重要なお客様から急な発注があっても、落ち着いて対応できる体制を整えるためです。時間や心に余裕がないと仕事が雑になったり、慢心したりするので、それを防ぎたかったんですね。

ー平常時の稼働率を下げたことで、ビジネスにダメージはなかったのですか?

みかんもジュースも単価を上げざるを得ませんでした。それが「1キロ10円のみかんが240倍になった」ということです。でも、高いから売れないというわけではないんです。ていねいに作って、ていねいにお売りする。すると「高くても良いものなら買いたい」というお客様のリピート率が上がるんです。ダメージどころか、むしろ利益率はアップしたんですよ。

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ー今後のビジョンと、それに向けて行っている取り組みを教えてください。

数年前からネオニコチノイド系の農薬が原因で、世界的に蜂が大量死しています。畑で農作業をしていてもミツバチだけでなく、夏のセミの鳴く声も少なくなり、昆虫全体が少なくなったと感じています。数年前まではメディアでも取り上げられていましたが、最近はほとんど耳にしなくなり、このままだと風化してしまうのではと危惧しています。たかが昆虫のことと思われるかもしれませんが、動物も植物も絶妙なバランスで互いに存在しているもの。このバランスが乱れるのは生態系の破壊であり、大きな問題です。

そこで今年の3月から、里山にニホンミツバチの巣箱を2つ置きました。蜂蜜を採るというのではなく、ニホンミツバチを増やしながら、ニホンミツバチが住める環境の中で柑橘を栽培するんです。私たちだけでなく、地域の農家さんを巻き込んでこのニホンミツバチを増やそうと考えています。柑橘農家さんには、里山に巣箱を置いてもらい、稲作農家さんには田にレンゲを蒔いてもらい、できるだけミツバチのエサとなる花を増やそうと考えています。ミツバチや昆虫にとっての桃源郷を作りたいと…。将来、地域全体でそういう取組みができれば理想です。

人は自然との調和なくしては生きられません。蜂が絶滅すれば、いずれは人間も絶滅します。
日々、その気持ちを忘れずに、微力ながら次の世代に素晴らしい環境が残せるよう努力したいと考えています。

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谷井 康人

和歌山県「有田みかん」農家の三代目。1966年生まれ。アメリカ留学中、父の病で中退し、農園を継ぐ。今やみかんのみならず、ジュースやコンフィチュールを手がけ、その研究開発に力を注ぐ。


PHOTOGRAPH BY TOSHITAKA HORIBA
TEXT & EDITING BY MIYOKO SANO