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Life Shift

2016.11.28

駅の混雑状況を文字や数字ではなく「画像」で伝える理由

鉄道会社や乗り換え案内アプリなどが提供するサービスのひとつに、電車内の混雑状況がリアルタイムにわかるものが、すでにある。座れるのか座れないのか、混んでいるとしたらその程度はどのくらいかといった情報は、電車に乗る人にとって有効な情報だ。ところが東急電鉄は、電車内ではなく駅構内の混雑状況を、画像で知らせるサービス『駅視-vision(エキシビジョン)』を、東急線内60駅で10月上旬からスタートさせ、2018年度初頭までに東急線全駅(こどもの国線、世田谷線を除く)に拡大する予定だ。なぜ駅構内なのか、なぜ画像なのか。その狙いを聞いた。

「混雑」や「混乱」は、文字や数値では伝わらない

2016年1月18日。この日、首都圏には前日の夜半から朝にかけて大雪になるという予報が出ていた。ところが朝には雨まじりとなって積雪がほとんどなかったこともあり、乗客は通常通りに駅に向かい、大雪に備えていた公共交通機関では、大小の混乱が生じた。たとえば鉄道会社各線では、安全確保のための間引き運転や徐行運転が行われたため、混雑による遅れが出たが、なかでも東急電鉄の混雑や遅延は大きな話題となった。

大雪に備え、東急電鉄では前日のうちに通常ダイヤの5割の間引き運転を決定した。ところが、始発時はもちろん、その後も積雪の気配はない。乗客はいつも通りに駅へやってきた。ラッシュ時間帯には通常でも乗車率150%以上となる区画があるほどの乗客数に、5割減の運行で対応できるはずがなく、東急線のいたる駅で、駅構内に乗客を入れない改札規制が実施された。その結果、SNSには「駅に入るまで数時間並んだ」「目的地に着くまで、いつもの3倍以上の時間がかかった」といった投稿があふれ、マスコミにも大きく報道された。

「二度とこういった形でお客さまにご迷惑をかけないために導入されたのが、『駅視-vision』です」と話すのは、鉄道事業本部電気部計画課長の矢澤氏だ。

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「もともと列車の運行状況などはホームページやアプリで発信してきましたが、悪天候や人身事故といった非常事態が発生したときの駅の状況をリアルタイムにお客さまに伝える手段はありませんでした。たとえば駅へは入場できるのかとか、駅周辺がどれほど混雑しているのかといったことが事前にお知らせできれば、お客さまは混乱を回避するために、他の移動手段を選んだり、外出を取りやめたりすることができる。駅にたどりつく前にお客さまへ駅の状況をお知らせするサービスが、『駅視-vision』なのです」(矢澤氏)

『駅視-vision』は東急線アプリ内にある、1分ごとに更新される駅構内の様子がわかる画像配信サービスだ。駅改札付近や、コンコース付近に設置されたカメラが撮影した映像を、動いている人や止まっている人を人型のアイコンにした匿名画像にし、1分ごとに更新表示する。計画課主事の阿部穂嵩氏は、その仕組みをこう説明する。

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「日立製作所が開発した技術により、無人の改札の映像と今の映像の差分データを用い、無人の映像になかったモノ=人をアイコン化します。さらに1秒で5回撮影する静止画を分析し、人の動静を判断するとともに、人の動く方向までも表現しました。こうすることで、改札やコンコース付近の人の多い少ないはもちろん、お客さまが動いているか止まっているかの判断や、その方向もひと目でわかるようになりました。たとえば相当数のお客さまが改札付近で滞留されている画像の場合、何らかの要因で駅構内が混雑しており、ホーム階に進むことができない、などと推測することができます」(阿部氏)

矢澤氏は、「駅視-vision」は、画像で見せることにこだわったのだと強調する。

「『ちょっと混んでいるな』『混乱しているな』というのを、視覚に訴えたかったのです。改札機の通過データを使えば、今、何万人の人が駅構内に入場中なのかはわかりますが、『何万人が駅にいて混雑しています』と伝えても、お客さまにはわかりづらい。ピンとこないわけです。どのくらい駅構内に人がいるのかを視覚的に出したほうが、『今日の東急は混んでいるから、他の経路を考えよう』といった次の行動の選択をお客さまにしていただける可能性が高いと考えました」(矢澤氏)

人は「混雑している」と言葉で聞いただけでは、なかなか自分の行動を変えないもの。「急いでいるから」「用事があるから」といった気持ちから、そうは言っても何とかなるのではないかと混雑の程度を低く見積もりがちだ。ところが、画像として実際の混雑ぶりを目にすると、「それでも行くのか」「別の手段を取るのか」を判断しやすくなる。混雑状況を実感値として把握できるためだろう。

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新しいお客さまサービス模索し、『駅視-vision』を事業化

大雪予報が外れたことによる混乱は、『駅視-vision』導入の契機となったが、開発の直接のきっかけではない。矢澤氏が率いる電気部計画課は、2015年4月に発足。鉄道事業の技術部門が持つ可能性の拡張をミッションとし、電気部の技術的なインフラを活用したダイレクトなお客さまサービスの実現を目指すチームとして誕生した。

「まず私たちが行ったのは、お客さまと当社の接点を中心としたジャーニーマップ作りです。電車に乗るお客さまは、まず家でお出かけの準備をし、徒歩やバスや自転車で駅まで来て、電車に乗ります。そして駅で降りて、目的地へ向かう。このマップを作ってわかったのは、駅で起こりうること、電車の中で起こりうることには、それぞれ駅員や乗務員が対応できますが、駅までのラスト1マイルにいるお客さまに対し、我々はサービスをほとんど提供できていないという現実でした。そこで駅に向かっているお客さまにも情報を届けるために、スマホをはじめとするデバイスにリーチする仕組みを考え始めたんです」(矢澤氏)

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「構内カメラの映像を利用して何かできないか」というアイデアは、計画課が発足してすぐに生まれたという。そこで同課では、大小の電機メーカーのR&D部門を訪ね歩き、自分たちがやりたいことを説明し、一方で要素技術も含めて彼らのやりたいことを聞いて回った。製品として何かを導入するのではなく、自分たちの持つインフラを使って実現しうるお客さま向けのサービスを模索し続けた。

「2015年の秋にはメーカーの知見を得て、構内カメラの映像を匿名化し、混雑情報を画像として発信するというサービスは実現できるという手ごたえを感じました」(矢澤氏)

ただ、個人情報保護の問題が壁として大きく立ちはだかり、簡単にはサービス化に至らなかった。ところが、確実に個人情報が守れるのかといった技術的問題、本来は安全確保を目的とする構内カメラの映像を別目的のために利用していいのかという倫理的問題のクリアに、先に述べた今年1月の大雪予報がはずれたことによる混乱が追い風となった。

「あの出来事を機に、お客さまの利便性向上につながるサービスはスピーディーに実現しようという考えが全社的に広く共有され、『駅視-vision』に対する理解も得られました」(矢澤氏)

技術的な問題は、各駅に設置されたカメラを管理するサーバーとは別に、映像を匿名化して差分データを生成、配信する『駅視-vision』サーバーを用意することでクリアした。倫理的な問題は、駅での実証実験やニ度にわたる乗客への大規模アンケートを行い、同サービスの社会的意義を問いかけることで乗り越えた。

「アンケートの結果、多くのお客さまが『駅視-vision』のようなサービスの必要性を認めてくださいました。また、実証実験時のアンケートでいただいたお客さまのご意見などをふまえ、サービス開始時には対象駅のカメラ位置を全て公開するなど、さらにプライバシーに配慮した形でスタートしました。今後もさらに安全、安心、快適に電車をご利用いただけるよう、駅視-visionサービスの改良を目指していきます」(矢澤氏)

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非常時のサービスから、日常的なサービスに

同サービスを利用するのに必要な東急線アプリはすでに30万ダウンロードを超える。東急全線で約150万人の乗客がいるので、5人に1人が『駅視-vision』の潜在ユーザーとなる。現在の同サービスの利用状況について、阿部氏はこう話す。

「16年3月から6駅で実証実験を行い、10月より東急線60駅でサービスを開始しました。実証実験の段階から、実際にアクセス数が伸びるのは、人身事故などによって列車が運休したときや、沿線で大きなイベントなどが開催されているときです。おおむね我々の想定通りに利用され始めているといえるでしょう」(阿部氏)

ふと疑問が生まれる。非常時だけの、活用頻度の低いサービスのままでいいのだろうか。

「今後は、たとえばホーム上にもサービスを広げるなど、『駅視-vision』の拡大活用も検討しています。たとえば常に混雑している駅は、特に階段やエスカレーターのある場所にお客さまが集中します。その混雑状況をあらかじめ画像で確認できれば、混雑車両を避けて空いている車両に乗ってくださるお客さまも出てくるはず。混雑の平準化が実現すれば、お客さまの混雑感の緩和になり、遅延の原因となる混雑が緩和されれば、遅延の解消にも繋がる。平常時でもメリットを生むようなサービスを目指したいですね」(矢澤氏)

数人が発信した情報が瞬く間に拡散するSNSの利用が日常化した今、ユーザーの期待にスピーディーに応えることは、公共交通機関に限らず、大きな課題であり、急務だ。問題改善に対しても、スピード感のある対応をしなければ、企業イメージを損なうケースも少なくない。

「我々はお客さま目線でサービスを考案し、半年あるいは3カ月のスパンで考え、半年で開発し、年内にはリリースといったスピード感で、どんどんアウトプットしていく必要があると感じています。お客さまのニーズの変化に対応する機動力が、鉄道事業者にも求められていると思っています」

同社の取り組みや姿勢は、鉄道事業者としてのサービスのあり方や、個人情報をめぐる情報技術の活用に、一石を投じそうだ。思いもよらないテクノロジーの組み合わせが、新しいサービスとして、次のニーズを生み出す可能性は大きい。

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矢澤 史郎(写真右)

1999年東急電鉄入社。総務部を経て、2008年に広報部課長補佐となり、社外広報・PR担当として大規模拠点開発(渋谷ヒカリエ、二子玉川ライズ、たまプラーザテラス)の開業や5社相互直通運転開始のPRに携わる。13年に鉄道事業本部運輸営業部課長。15年に現職に就き、主に中長期計画における技術部門発の既存・新規技術を利用したお客さまソリューションの提案と展開に注力している。


阿部 穂嵩(写真左)

2006年に東急電鉄に入社し、電気部での設計業務や運転車両部での保守業務・調整業務を担当したのち、13年に事業戦略部に異動、需要促進施策やグループ連携施策の立案を担当する。15年に電気部計画課配属となり、既存の技術や新規技術を組み合わせたソリューションの立案・実施を行っている。


PHOTO BY TORAZO YAGI
TEXT BY SHINOBU SAKURAI