Life Shift

2016.11.24

プログラミングだけじゃない?日本科学未来館が取り組む理数系教育の未来

2020年のプログラミング教育の必修化など、理数系教育の重要性が高まっている。理数系教育の文脈で、プログラミングと同様に注目を集めているのがSTEM教育だ。
STEMとは、Science、Technology、Engineering、Mathematicsの頭文字をとったもので、従来の科学技術教育、理数教育を統合・体系化し、イノベーションを生み出す人材の育成を目指すもの。 EU、米国、アジア諸国などでは、最優先課題としてSTEM教育への取組みが進められているという。
このような背景のなか、お台場にある日本科学未来館は、Bloombergのサポートを受けSTEM教育発展のため『Picture Happiness on Earth』というイベントを開催している。『Picture Happiness on Earth』を通し、日本科学未来館が考える理数系教育の現状と未来について話を伺った。

理系へ進学する女子学生は、わずか14%

『科学技術を文化としてとらえ、社会に対する役割と未来の可能性について考え、語り合うための、すべての人々にひらかれた場』を理念に設立された日本科学未来館。

同施設のシンボルである地球ディスプレイ『ジオ・コスモス』は地球理解を促す『つながりプロジェクト』の一環として展示されている。そしてPicture Happiness on Earthは本プロジェクトの一環として企画された。

Picture Happiness on Earthは、アジア太平洋地域の6ヶ国の科学館と連携し、各国における『幸せ』をジオ・コスモスに映し出す映像作品にして発表するというもの。

6ヶ国の科学館それぞれで、学生に向け「幸せってなんだろう?」というテーマのワークショップを開催し、『幸せのシナリオ』を作成。国ごとに投票を行い、その国を代表する幸せのシナリオを決定する。投票で決まった各国の幸せのシナリオを元に、日本の女子中高生がジオ・コスモスに映し出す映像作品を作成。発表を行うまでが本プロジェクトの全体像だ。

本イベントは、海外科学館との連携強化と、STEM教育という大きな枠組みをベースに企画された、と本プロジェクトを統括する展示企画開発課マネージャーの宮原裕美氏は語った。

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「もともと当館の館長・毛利は『つながりプロジェクト』を世界にも普及していきたいという思いを持っています。過去にもタイやオーストラリア、中国の科学館との人材交流や、ワークショップなど、さまざまな活動を行っており、その延長線上として今回のイベントを企画しています。今まで個別にやっていたものをまとめて大きな枠組みにして始めたというわけです。

STEM教育は、本プロジェクトで協賛いただいたBloombergさんが力を入れていらっしゃる分野でもあり、当館の考えとも近い部分があったためです。女子中高生をターゲットとして設定したのは、現状の理系進学率に起因します。OECDのデータによると、日本は理系の大学を卒業する女子学生が14パーセント程度。アジアの諸外国に比べ非常に低い数字です。この数値への課題感から、今回のプログラムにおけるターゲットを選定しました。大枠の企画自体は2年ほど前に決定し、実際のプログラムに落とし込むので約5ヶ月。イベントはシナリオ作成から発表までを1年半で設計しました。

イベント全体としては全2サイクル行う予定です。今年の11月20日の発表会で第1サイクルが終了し、まずは一回目の結果が見えるかなといったところです」

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90人の女子中高生が奮闘した3日間

日本で行われた、各国のシナリオを元にする映像制作ワークショップでは、約90名の女子中高生が日本科学未来館へ集まった。5日間という短期間で、6ヶ国のシナリオを6チームにわかれ、それぞれのチームごとで映像を作り上げていったという。

「チームには『デザイナー』『エンジニア』『ディレクター』の3職種を用意しました。1チーム15人のなかで、ディレクターが3-4人、デザイナーが5-6人、プログラマーが5-6人程度のバランスで構成しました。

応募者には応募段階で3職種どれを担当したいか回答してもらいました。集まった子たちは『今日はプログラミングをやってみたくて来ました』『デザインに興味があって』といった子も多かったです。なかには、プログラミングをすでにやっている子もいましたし、将来自分はプログラマーになりたいとしっかり考えている子もいましたね。

もちろん、意識の高い子ばかりでもありません。漫画やアニメが大好きでなんとなくという子や、学校ではあんまりうまくいってない子もいたり。本当にさまざまな子が集まりました。

関東圏以外からも多くの子が集まったのも印象的でしたね。静岡とか神戸から来てる子もいました。割合で言うと関東圏が約8割ですが、中部、北陸、関西など関東以外から来ている子も。何人かは、わざわざ飛行機や新幹線に乗ってきてくれていたんです」

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デジタルネイティブは、PCよりもスマートフォン

集まった90人の女子中高生は、3日間という短期間でシナリオに基づいた映像作品を作り上げていった。すでにプログラミングなどの経験のある子もいたが、多くの子は基本的には未経験に近い。ほぼ未経験に近い90人がそれぞれのチームで1つのものを作り上げるプロセスにはやはりさまざまな苦労が伴ったという。

「デザイナーやエンジニアは、経験のほぼない制作作業を短時間であげなければいけません。他方でディレクターはデザイナーやエンジニアに進むべき方向を伝えて走らせ、ときには方針が変えたりといった軌道修正も必要となります。

はじめて会う子同士で、1つのものを作り上げていくのは簡単ではありません。特にディレクターは、方向性を示して人を動かさなければいけません。ワークショップでも最初に「ディレクターは監督です。あなたたちの方針によって作品が決まり、あなたたちが最後にプレゼンもする係です」と伝え、責任感しっかりと持ってもらうように意識付けを行いました」

一方、非常にユニークな気づきもあった。いまの中高生は生まれたときからインターネットやパソコン、携帯電話が普及していた、いわゆる『デジタルネイティブ』世代だ。彼女たちにとってはインターネットは当たり前で、1人1台当然のようにスマートフォンを持っている。そんな彼女たちにとっては、コンテンツの作り方もいまとは異なってきているという。

「デザイナーもエンジニアも、基本的にはPCを渡し作業をしてもらっていました。ただPhotoshopやIllustratorといったデザインソフトだとイラスト的なものをきれいにつくるには慣れが必要です。

あるデザイナーの子は、PCで作ろうとして時間がかかっていたものを、途中からスマホのお絵かきアプリに切り替えると、あっという間に作れたんです。彼女たちにとってスマートフォンは当たり前の存在で、いつも触っているものですから、インターフェースも慣れているのだと思います。

また、オーストラリアのチームでは、シナリオを高校生が話しているような演出にするため、メッセージアプリのUIのようにすることで表現していました。テキストは、最初PCで入力していたのですがあまり進まず・・・途中でスマートフォンで入力する方があっという間に臨場感のあるテキストに仕上がったんです。我々の当たり前は、いまの子には当たり前ではないのかも知れないと思い、思わず面食らってしまいました。(笑)

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身につけるべきは、論理的思考力と課題解決力

Picture Happiness on Earthを通し、STEM教育に取り組む日本科学未来館だが、現在のプログラミング教育の必修化といった流れに対しては、どう対応していこうと考えているのか。この質問に対し、宮原氏は筆者が想像していたのとは少々異なる回答を返してくれた。

「日本科学未来館は、『科学技術基本方針』という文部科学省が作成する日本が今後科学技術をどのように発展させていくのかという方針を読み解き様々な活動を行っています。なのでプログラミング教育が必修化するからどうこうといった活動は基本的にはありません。ただ今年ですと、プログラミングのワークショップやイベント、マインドストームを使ったプログラミング教室といったものも扱ってはいます。

今回のPicture Happiness on Earthにおいては、我々はSTEM教育をもっと広く捉えています。というのも、ジオ・コスモスのコンテンツを作ることを通して、さまざまな場面で必要となってくる論理的思考力や課題解決を身につけてもらいたいと考えているのです」

つまり、プログラミングなどといった技術では無く、理数系の根底にあるマインドセットを身につけてもらおうというわけだ。現在、常設展示している『未来逆算思考』も、同様の考え方だろう。未来を生みだすための思考法をゲーム形式で楽しむことをテーマにしており、課題解決力のための思考法を身に着けることを目的としているという。

確かにプログラミングはツールでの1つでしかない。ツールは廃れるし、言語が変われば学び直すことも求められるだろう。本来はそのツールを使い何ができるかを考えるべきだ。そういった意味も加味すると、本来学ぶべきなのは根底にある考え方なのかも知れない。

「各国から出てくる幸せのシナリオは、裏返すと各国の課題を提示しています。実際に課題を解決するわけではありませんが、シナリオを読み解き映像化していくプロセスでは、どういう課題の解決方法があるのか。映像で人に伝えるためにはどういった要素が必要か。どのようなデータを用意すればいいかなどをじっくりと考えることが求められます。

これは論理的思考力や課題解決力といったベースとなる力が大きく働きます。イベントを通して、そのベースが彼女たちの体の中には染み込んでいって欲しいと思っています」


宮原 裕美

大学では芸術学を専攻し、アートセンター、博物館、美術館などで展示企画やワークショップの経験を経て、2008年から日本科学未来館で展示やイベントの企画に携わる。担当した展示は、常設展示『ぼくとみんなとそしてきみ』、『未来逆算思考』、企画展『忍者展』など。


PHOTOGRAPH BY KAZUYA SASAKA
TEXT BY KAZUYUKI KOYAMA