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Life Shift

2016.11.22

AIによる恋愛アドバイスをスタートした理由

AIが得意とする作業のひとつに、膨大なデータを学習し、ある条件下での検索や分析、再編集が挙げられる。一方で、楽しい・悲しいといった人間の感情の理解など、答えのないものを探り当てたり導き出したりするのは、いままさに研究が進みつつある領域であるが、「教えて!goo」ではAIが人の質問に回答するというサービスを開始した。そのカテゴリーは「恋愛相談」。その理由をNTTレゾナントにたずねてみた。

恋愛に関するアドバイスをAIはどのように導き出しているのか

「脈ありだと思いますよ。よっぽど気に入っている人でないと、自分から誘わないのではないでしょうか。頑張ってくださいね」。これは、「教えて!goo」に寄せられた恋愛相談に対する、AI(以下「オシエル」)の回答だ。少しよそよそしさを感じるが、不自然な点はひとつもない。

交際相手と別れようかと悩む質問者に対しては、こんな風に回答を書き出している。「あなたのお気持ち、とてもよく分かります。そんなことがあったんですね……」。
9月6日のサービス開始以来、AIが回答した相談件数はすでに1,500件(*1)を超えており、そのうち86件(*1)は相談者が決めるベストアンサー(BA)に選ばれている。AIはどのように回答を生成しているのだろうか。開発者である中辻氏は、次のように説明してくれた。

「私たちはAIに、『教えて!goo』の恋愛相談に寄せられた約3,000万件のQ&Aデータを学習させています。質問と回答のマッチングをAIが判断し、質問に対してもっとも近しい過去の回答を検索して、持ってくる事例はこれまでにもありましたが、それでは個別に事情の異なる恋愛相談の回答としては、ずいぶん不適切です。今回の回答生成に利用した技術を説明すると、まず恋愛相談に特化した単語の意味を、多次元で数量的なベクトルに表しながら学習させ、質問と回答の一文ごとの関係性も分析させます。次にBi-LSTM(Bi-directional Long short-term memory)という時系列ディープラーニングの技術を用い、質問と回答に現れる単語ベクトルの時系列的な順序を学習し、さらに質問や回答の文を分解し、質問と結論、質問と理由、結論と理由などそれぞれの組み合わせの最適解を学習させます。これにより、既存のQ&Aデータから、質問に対して最適なものを“文章単位”で選びだして、人間のような自然な回答を作成することができるのです。このようなAIによる長文回答生成技術は、世界でも実現されていないものです」

続いてソーシャルサービス部門課長の川本氏より、これらの技術を用いて、どのようなサービスを提供しているか説明してもらった。

「『オシエル』はたくさんのQ&Aを単語単位、文章単位で学習させ、それらを複数組み合わせることによって、質問の答えに合わせた回答を生成しているのです。回答は、共感・結論・理由の3要素で生成されます。たとえば『脈があると思いますか?』という質問に対し、『その態度は脈ありだと思いますよ(結論)』『脈があれば連絡がくるものですから(理由)』『頑張ってください(共感)』という回答を返した場合は、それぞれの文をデータベースの違うところから持ってきているわけです。質問文を細かく分解して、それぞれに対応した文章を引っ張ってくることで、より精度の高い回答文を作成できるというわけです。よく『AIが何か新しいことを考えているんですか』と質問されますが、そうではありません。『オシエル』の回答の一つひとつの文章は、『教えて!goo』のデータベースにある文の組み合わせなのです」

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「オシエル」が不適切・不自然な回答をしない理由

冒頭の文章をはじめとする「オシエル」の回答は、すべて自動的に生成されている。

「AIは、あくまで『教えて!goo』の一回答者という位置づけです。ユーザーが質問を投稿すると、オンラインで質問を取りに行き、回答を生成して投稿しています。所要時間は約1分。その1分間に、学習したデータをもとにAIは質問を解析し、これまでの『教えて!goo』の質問から適した回答を文章単位で抽出し、文章の前後関係をみながら、一番適した回答を作成し、投稿します」(中辻氏)

人間の手は一切入っていないということになるが、人間のチェックが必要な状況――不適切・不自然な回答を出すことはないのだろうか。

「『オシエル』が生成した回答には、共感・結論・理由といった文章の要素ごとに、質問と回答のマッチングが適切かどうかスコアリングされています。スコアの満点を1として閾値を設定し、たとえば理由の部分は0.86、共感は0.8といったふうにAIが処理した回答をスコアリングし、閾値に届かなかった回答については、回答として投稿しない仕組みになっています。つまり、『オシエル』はすべての質問に回答するわけではありません」(川本氏)

スコアは、質問の特徴を数値化し、回答の文章の各要素も同じように単語の順番なども分析して数値に落とし込み、それぞれの特徴の近さを計算して算出されている。回答の文の各要素の組み合わせのスコアも同様に算出され、毎日更新される閾値と照合され、回答として投稿できるものか否かが自動処理されているという。

「閾値は、毎日変わります。『教えて!goo』のユーザーから新しい質問や回答が投稿された分データが増え、日々AIが学習する範囲は広がるため、スコアの分布が変わるからです。母数が増えればAIが選ぶ対象も増えていくので、より適切な回答が出せるようになるでしょう。さらに学習の領域や学習のさせ方を効率化し、少しずつ試しながら、活用領域を広げていくことが私たちの課題です」(中辻氏)

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なぜAIに「恋愛相談」だったのか

人の心の動きや感情を理解する必要のある恋愛相談に、AIを活用しようと考えた理由は何だったのだろうか。

「答えがあるものを出す、何通りもの手筋のなかからどれかひとつを選び出すというAIの研究は、世界の大企業がもうすでに取り組んでいます。それと同じステップを踏んでも、意味がない。だから私たちは、答えのない領域に挑戦することにしたのです」(川本氏)

たしかに「オシエル」は、質問者である人間との間でコミュニケーションを成立させ、何らかのアドバイスを提示している。ただ、恋愛相談には「正解」がない。実際、ファジーなカテゴリーだけに、「適当な回答を出してごまかしているんですか?」といった質問を投げかけられたこともあるという。でも「正解」がないからこそ挑戦する意味があるのだと、川本氏は続ける。

「私たちのチャレンジは、今のAI技術で質問者が書いた言葉の本当の意味をくみ、質問者が求める回答をどれだけ的確に提示できるか、それを一般ユーザー向けにサービス化したという点にあります。すでに研究が進んでいる金融や法律、医療といった領域におけるAIの活用の多くは、専門家に向けて最適な選択肢を提示する位置づけでした。今回はそうではなく、一般ユーザーに直接アドバイスするようなサービスにしたかったのです。」(川本氏)

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ユーザーの反応も、おおむね良好だという。閾値というハードルがあるため、すべての質問に「オシエル」が回答しているわけではないにせよ、AIからアドバイスされたくないという人もゼロではないだろう。事実、「AIが恋愛相談に答える」とだけ聞いたとき、筆者の周囲では「人生経験のないAIに聞いて何を得られるのか」といった意見があった。一方で、「誰にも言えない悩みを打ち明けられそう」「人の意見は感情に流されやすいが、AIなら中立的な意見が聞けそうだから参考にしたい」といった声もあった。実際、サービス開始前は、ユーザーに拒否される可能性も危惧していたそうだ。ところがフタを開けてみると、AIが回答することに対しての拒否感を示すようなコメントはない。むしろ、質問者からベストアンサーに選ばれる回答が出たり、なかには「オシエル」に対してお礼の言葉がついた回答もあったそうだ。

「自分の質問に答えてくれたのがAIであると気づいていない質問者の方もいらっしゃるとは思います。今回は、答えのない「恋愛相談」という領域で、人間に近い回答を行うことで、いかにユーザーに寄り添ったサービスを提供することが出来るかにチャレンジしました。一方で、ほかにチャレンジすべき領域もあると考えています。『教えて!goo』でいうなら、恋愛相談以外の出産・育児に関する相談や、健康に関する相談など。ただ、現時点ではAIの回答精度を少しでも上げて、このカテゴリーにおいてユーザーから『よかった、ありがとう』と言ってもらえる回答を増やしていきたいですね」(川本氏)

「オシエル」に垣間見る、AIの新たな可能性

「オシエル」は投稿された質問に対し、約1分で回答を出す。素早く回答を提供できるところがAIのメリットだと、中辻氏は言う。

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「質問者のなかには、自分のなかに答えが見つけられず、心穏やかではない時間を過ごしている人も少なくありません。そういうときは、周りから意見をもらうことで、心が少しでも早く落ち着いたり、和んだりするのではないかと思っています。周りに相談しやすい人がいない場合、AIでも自分の気持ちを聞いてもらえると嬉しいとのではないかと考えます。
育児や健康、たとえば高齢者の介護といったシーンでは、いつでも質問できたり、気軽に話し相手になったりするロボットがいれば、人間は助かるのではないでしょうか。そういう意味で、今後はますますAIとユーザーとの関わりが重要になるのではないかと感じています。『教えて!goo』については、AIが介在することで質問者やほかの回答者のコミュニケーションがポジティブになるような、会話の触媒となるような、そんな役割を技術的に確立できればと考えています」(中辻氏)

想像は膨らむ。技術が進化すれば、どんな質問に対しても必ずポジティブなアドバイスができるようになるかもしれない。人間同士だと純粋なアドバイスが難しいときでも、膨大な事例に裏打ちされたポジティブなアドバイスを聞かせてくれるとなれば、AIに気軽に相談してみたいという人も増えるかもしれない。

「『オシエル』の回答には、エンカレッジメントな文章と有名な名言が付く場合があります。AIに心はありません。心を持たせることも、不可能です。でも、心のある言葉を選んで提示することは、できるのです」(川本氏)

AIの活用が私たちの心に近い部分にも広がってきていることは確かだ。

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*1:2016年11月7日現在


川本 真稔(かわもと まさとし)※写真左

1972年生まれ。1995年にNTT入社、法人向けソリューション事業を担当したのち、99年よりNTT-X(現NTTレゾナント)にて地域情報サービスの立ち上げやフィーチャーフォン向けポータルサイトの運営に従事し、2012年より「教えて!goo」を担当。現在、Q&Aサービス「教えて!goo」の事業運営責任者。


中辻 真(なかつじ まこと)※写真右

1978年生まれ。2003年にNTTに入社して以来、情報推薦、データマイニング、セマンティックWebに関する研究開発に取り組む。AAAI、IJCAI、ISWC、KDD、VLDB、SIGMOD等、人工知能、データマイニングに関する世界的な会議において、その研究結果が多数採録されている。2015年度人工知能学会論文賞、2015年度電子情報通信学会優秀論文賞などを受賞。現在、深層学習に基づく自動QA 応答サービスやサービス横断推薦など、人工知能技術に基づく実用化プロジェクトを推進している。


PHOTO BY TORAZO YAGI
TEXT BY SHINOBU SAKURAI