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Life Shift

2016.11.15

赤字事業『VAIO』はいかに黒字企業となったのか。ソニーからの独立2年で見た光

2014年2月ソニーはPC事業の売却を発表した。同社のPCブランド『VAIO』はソニーから切り離され、同年7月より『VAIO株式会社』という独立企業となる。新たな船出から2年。15年5月期には約19億円の赤字を計上したが、翌年の16年5月期に同社は黒字化したことを発表した。わずか2年でのV字回復。その立役者は、15年6月に2代目社長として就任した大田義実氏だ。過去にも様々な企業を再建してきた企業再建のプロでもある大田氏に、VAIOを2年で復活へ導いた戦略を伺った。

大企業の一部門から、突如中企業になったVAIO

大田氏が就任した2015年6月、VAIOは約19億の赤字企業だった。過去にも様々な企業を見てきた大田氏の目にVAIOはどう映ったのか。

「最初に感じた課題は、会社として統制が取れていないというものでした。日々の業務に精一杯でなかなか目標の共有がなされていませんでした。また、ソニーの一部門という気が抜けていなかったことも大きな課題でした。大企業であれば、部門で利益を上げられなくとも全体でカバーできます。しかし、VAIOは独立した企業になりました。初年度、当社は約19億の営業赤字を計上しました。資本金は10億円、普通の会社なら潰れています。この2点が最初に感じた課題感でした」

課題を感じた一方、大田氏は多くの強みも感じたと語る。

「1つは技術者が非常に優秀だということ。ソニーは入社のハードルも高いですし、蓄積された技術もたくさんあります。PCでいえば、高密度設計、低消費電力設計、放熱技術、通信技術など、ソニー全体で培ってきた技術があります。また、高品質の実装、設計、製造技術なども強みですね。

2つ目は、ソニーから受け継いだ設備。本社でもある安曇野工場は、ソニーのデジタルデバイスや、AVといったコア商品の設計製造・量産を幅広く担ってきました。VAIOをはじめ、AIBOや、FeliCaなども安曇野から生まれました。240人の会社としては圧倒的に充実した設備です。

3つ目はVAIOというPC黎明期から多くのファンを抱えているブランド力。この3つを活かせれば、上手く戦えるだろうと考えました。私は再建を担当するのが当社で3社目なのですが、VAIOは良いところがとても多い企業です。就任前に数字だけを見ていたときは『大丈夫か?』と思いましたが、就任し役員や現場と話すと、その心配は杞憂に終わりました。今まで見てきた中でもレベルが高い。皆さん優秀です。戦うための武器もわかりやすく、来て2、3日目にはいけると確信しましたね」

VAIOのPC事業を立て直した、2つの戦略

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課題と強み。戦うべきところと、戦う武器の双方を整理した上で、大田氏は大きく2つの戦略を立てたという。

「1つ目はBtoBへのシフトです。もともとVAIOはBtoCで認知を得てきました。しかしBtoCのPCは買い替えサイクルが延び、スマートフォン・タブレットの普及もあり、販売台数は右肩下がりです。BtoBであれば、右肩上がりとはいわないものの安定的に需要があり、入り込む余地もあると判断し、BtoBへ舵を切りました。

2つ目は社内に営業部を立ち上げたことです。いままでVAIOは、ソニー製品全般のマーケティングとセールスを担当するソニーマーケティングさんに販売を全てお任せしていました。製造と販売を分け効率化されていた一方、実際に何台売れ、どの程度利益を上げているかという数字への責任意識が製造側にうすかったのです。製造側にも数字への意識をつけるため、社内に営業部を立ち上げました。もともと営業をやっていた人間はおりませんから、社員から理解を得るのは苦労しました。もちろん内部だけではまかなえなかったので外部から営業を集めたりもしました。

営業部を持つことはBtoBのお客様へのアプローチでも大きな成果を上げています。BtoBのお客様の場合、カスタマイズを求められることが多いのですが、従来では即時対応が難しかったのです。例えば『こんなカスタマイズできますか?』と聞かれても『持ち帰り相談します』となりタイミングを逃していました。

BtoBのニーズに応えるため、技術者を営業に同行させ、『できます。安曇野の工場で対応します』とすぐに結論を出せる体制を作りました。商機を逃さず、お客様の信頼も勝ち得ることができるのです。

技術者が同行することは、製品開発にもつながります。お客様に直接『うちの商品はどうでしょうか? 何か足りないものありますか?』とお話を伺えます。お客様からは『もっとインターフェイスが欲しい』『もっと軽く』『もっと電池を長持ちに』といったフィードバックをいただけます。生のフィードバックを活かした製品づくりができるのです」

BtoBにシフトすることで懸念されるのは既存のBtoCユーザーだ。VAIOらしいエッジのたったプロダクトは多くのファンを抱えている。なかにはVAIOらしさが失われるのではないかという危惧をする人も少なくないだろう。大田氏はもちろん既存のBtoCユーザーも大事にしていきたいと語った。

「BtoCのお客様で磨かれてきたVAIOの文化、技術はとても大事にしています。BtoBだから頑丈であれば分厚くて重くてかっこわるくてもいい、なんてことは絶対にありません。既存のVAIOファンをがっかりさせない商品を作らなければいけません。BtoBでも薄く軽くカッコイイVAIOらしいものを作り、ファンが家に持ち帰り使ってくれるような商品でなければいけません。

ソニー時代は最大870万台のPCを作り、全世界、量販を含めた日本中の販路全てに販売していました。ですが、その結果がPC事業の撤退です。VAIOは中企業です。失敗した場合、リスクは自社で負わなければいけない。全てのお客様のニーズを満たすものを作るのは不可能です。売れない製品、利幅の薄い製品はやめ、ターゲットを絞り、堅実に利益をあげられるようシフトしたのです。

これらの方向転換では、社内でも様々な意見がありました。ただ、私が強く押し出したとこともあり、皆理解してくれたと思っています」

PCだけではない、第2の柱EMS事業

VAIOは独立後、PC事業の他にもう1つ大きな柱を立ち上げた。受託製造業務を担うEMS(Electronics Manufacturing Service)事業だ。EMS事業は開始からわずか1年ながら、VAIOを支える1つの柱となっていると大田氏は語る。

「VAIOはソニーから離れたことで、あるメリットが享受できるようになりました。ソニー以外の仕事もできるということです。当社の設備や技術者の品質は電機業界でも非常に高い。であれば技術を売ろうと考え、EMS事業を担当する、NB(ニュービジネス)事業部を立ち上げました。

安曇野の工場には企画・設計から量産・アフターサービスまでの全てが揃っています。全てお任せいただくこともできますし、試作だけ、製造だけ、保守だけと切り取って担当することも可能です。

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例えばテラダ・ミュージック・スコアさんの『GVIDO』という電子楽譜(写真左)では、試作を担当させていただいています。2画面の電子ペーパーを本のように閉じられるかたちなのですが、画面同士を繋げるヒンジ部分はVAIO Zのヒンジ技術を応用しています。他にも、博報堂さんの『Pechat』という、ぬいぐるみが子供達と会話をしたり歌ったりできるようにするデバイス(写真右)では量産を担当します。

2014年にKickstarterで78,000ドルを集めた『Moff Band』さんでは、設計アドバイス、量産を担当しました。最近は、特にスタートアップからの相談が増えています。最初は海外を考えるそうなのですが、海外での立ち上げは大変です。細かいコミュニケーションが求められ、設計までやったはいいものの、量産が考えられておらずそのまま作れないものも少なくありません。当社は国内企業ですからコミュニケーションも取りやすく、ある程度の設計があれば、製造担当から『量産では設計をこう変えた方がいい』『この設計では1体数万円かかる』といったアドバイスも可能です」

とはいえ、海外製造での最大のメリットはその価格にある。価格面を理由に海外製造に舵を切る企業も多い。資金面に決して余裕が有るわけではないスタートアップにとって、VAIOでの製造は価格的に苦しくないのだろうか。大田氏は笑いながらこう切り返した。

「皆さん最初は同じように言われるのですが、結果的には高くありません。海外の場合、出張費や言葉の壁のほかに、品質問題もあります。また、リソースの少ないスタートアップで1人が現地に張り付くのは大きなデメリットです。当社は量産時のコストや品質問題も考え設計を行います。また長年培ってきた製造技術がありますから、製造工程も効率化でき、結果的には安く上げることも可能なのです」

黒字化の先に見据えるもの

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大きな事業転換、そして2つの柱に基づいたビジネスの確立をへて、黒字化を果たしたVAIO。勿論黒字化は目的ではなく、あくまでスタート地点に立った段階に近いのかも知れない。このスタート地点から、VAIOはどのような未来を描くのか。大田氏は2つの柱の将来像、そしてまだ見ぬ3つ目の柱の構想を語る。

「いま当社の柱は大きく2つ、PCとNBです。PCは成熟市場です。今年は、特にBtoCは減ると予測されています。BtoBは様々な予測がありますが、横ばいかあるいは微増といわれています。しかし需要は堅いですから、BtoBに軸足を置くことは変わりません。ターゲットも法人、ビジネスマン、VAIOファンを引き続き狙っていきます。販売台数は追いません。今よりは若干増える余地はあるでしょうが伸び続けることは想定していません。法人向けも標準PCではなく、ハイエンド商品を使う法人にターゲットを絞っています。ターゲットを絞り、数量を狙わず、利益だけを追求していくというかたちです。

法人向けPCの延長として拡大していきたいと考えているのがBtoB向けスマートフォンの『VAIO Phone Biz』です。社内でもスマホまでやるのかという議論もあったのですが、BtoB体制としてご用意しています。スマホも市場は成熟していますが、BtoBの契約数は微増しています。BtoBのお客様はセキュリティを考えiOSを多く採用されていますが、その代替としてVAIO Phone BizではWindows 10 Mobileを搭載しています。今後法人向けで入れ替え需要のタイミングでご検討いただけるよう着実に歩みを進めています。

もう一方のNBでは、営業部を立ち上げ案件を積極的に獲得していく予定です。またスタートアップとも接点を作っていきたいと考えています」

スタートアップと接点を持つ手段はいくつも存在する。SONYでいうと、Creative Loungeのような場作りやFirst Flightのようなプラットフォームも一つの例だ。VAIOはあくまで中企業らしく、草の根的に接点を増やすのがまず第一歩だと考える。

「スタートアップ周りのミートアップやピッチイベントには積極的に顔を出すようにしています。当社の機能やできることを直接お伝えし、共感してくれる、共にやっていきたいという方々を少しずつ開拓していければと考えています。このような接点は、今後当社が新しい市場を開拓するときのパートナー探しという意味合いも持っています。VAIOは中企業ですから、足りないものがたくさんある。だからこそ、新しいことをやるにはジョイントベンチャーも1つの手だとえています。当社はモノづくりには長けていますが、ソフト、市場開拓となると弱い。弱い面はいっぱいありますから、その面で強みを持った企業と組んでいければと考えています。これは後々第3の柱となっていくことを期待しています。

全てを社内に持つ必要はありません。私は日本の電機会社が失敗した原因は、全部自分でやろうとしていることにあると考えています。変化の激しい時代、それでは対応できません。強みを持ったもの同士が、それぞれの強みを掛け合わせて進むことが今後求められてくるでしょう」


大田 義実

1976年一橋大商卒。双日常務執行役員を経て、2010年よりサンテレホン代表取締役社長、2014年ミヤコ化学代表取締役社長を歴任。2015年6月よりVAIO株式会社代表取締役社長に就任し,現在に至る。東京都出身。


PHOTOGRAPH BY KAZUYA SASAKA
TEXT BY KAZUYUKI KOYAMA