Life Shift

2016.11.17

世界最古のテクノロジーメディアが日本に上陸。”すぐそこ”のテクノロジーを知らずして日本は生き残れない

2016年10月1日、新たなテック系Webメディアがアメリカから日本に上陸した。その名も『MITテクノロジーレビュー』。マサチューセッツ工科大学(MIT)の100%子会社である米Technology Review, Inc.が運営し、印刷版とWebで展開する『MIT Technology Review』の日本語版だ。1899年の創設以来、117年と続く世界最古のテクノロジー誌だ。
ローカライズするのは株式会社KADOKAWA、株式会社スパイスボックス、株式会社コパイロツトの3社。編集長は、同メディアの編集・制作を担当する株式会社KADOKAWAの中野克平氏。Windows95が発売されたころよりテック系編集者・記者として、日経BP、朝日新聞、アスキーと渡り歩いてきた人物だ。
紙、Web問わず生まれては消えて行くメディアの数々。テック系も例外ではない。そんな状況下にあって、なぜKADOKAWAは『MIT Technology Review』を日本にもってきたのか。「日本人がテクノロジーの本質を理解できていません。それはメディアにも責任がある」と指摘する中野氏の思考を探った。

-なぜ『MIT Technology Review』を日本にもってこようと考えたのですか?

真の意味でテクノロジーを伝えるメディアをやりたかったからです。日本のメディアはiPhoneのような製品など身近な話は大好きなんですよね。「すごい、iPhoneでSuicaが使えるようになった、やったー!」みたいな。一方で、シンギュラリティみたいな遠い未来のSF的な話も大好きです。でもね、なんか両極端じゃないですか。その中間が抜け落ちているんですよね。

-中間というと?

日本人の大部分がテクノロジーのことをわかっていないと思います。一般の方に、テクノロジーって何と聞くと「スマートフォンのことでしょ、ドローンのことでしょ」ってモノを指す場合が多い。テクノロジーには生産技法という”作ること”の意味も含まれています。サイエンスは理屈で詰めていくのに対し、それを実用的な形で応用するのがテクノロジーです。特定のテクノロジーの領域に絞ったメディアはありますが、社会を俯瞰して未来を語れるメディアはほとんどなかったと言っていいでしょう。そこを本国の『MIT Technology Review』はしっかりとメッセージとして伝えているので、これは日本にもってこなければならないなと。

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-具体的に『MITテクノロジーレビュー』が日本でやらなければならないことはなんでしょうか?

我々のミッションは5年後、10年後に起きうる社会全体の未来図を伝えていくことです。ITだけでなく、遺伝子工学やエネルギー、政治や経済とも絡めてテクノロジーを考えていく必要があります。テクノロジーメディアって、プロの野次馬みたいなものだと僕は考えているんです。僕らは何も作りませんが、世界の動きの傾向や識者の見識を集めてきて「世の中こうなるかもよ」って指摘することはできる。そうすることで政治も行政も民間もロードマップを描けるようになる。
たとえば、「飛行機をバッテリーで飛ばしましょう」という話になったときに、現時点では「容量足りないから無理ですね、諦めましょう」となります。でも、テクノロジーの発展で、リチウム電池の価格は過去10年で半分くらいに下がり、今後10年もさらに半分くらい下がることが予想されます。そのトレンドを知っていたら、「安く大量に調達できるようになるから3年後には飛ばせるな、5年後には1年中飛ばせるな」というロードマップが見えるじゃないですか。そうすることで航空産業へ新規参入するアイデアがいろいろと出てきますよね。

-確かに、その情報があるとないとでは企業の未来が変わりますね

リスク回避にも役立ちます。たとえばガソリンスタンド。EV車が2020年代に普及すると予測されていますが、日本、とくに地方のガソリンスタンドを経営している人たちはその現実が来ることを知らないのか、受け入れられていないのか、その現実が来たときに立ち行かなくなる可能性があります。さらにはエンジンが無くなるので、自動車修理工が余り地域の就職口は減ってしまいます。それが5年後、10年後の話です。本当にそうなると地域への打撃は大きく、今から対策を打たないと手遅れになるかもしれません。知っていればアクションとれるのに、知らないからいざ目の間に現実として訪れたときに焦るわけです。それでは遅いんです。
一般の方だって、テクノロジーを知らないと、転職先の選択に失敗する時代になります。革新的なプロダクトを生み出して時代を作ってきた企業も、いつまでもトップを走っているわけではなく、徐々に陰りが見え、気づいたら世界から取り残されていたという例も少なくありません。常にテクノロジーは変化していって、数年〜10年先を見越しておく必要があります。

-その伝道師として『MITテクノロジーレビュー』があると

産業に落とし込めるテクノロジーを扱っているメディアが『MIT Technology Review』です。そもそも、主要先進国で、『MIT Technology Review』がないのは日本だけです。イタリアやドイツもある。パキスタンにもあるんですよ。中国は一度やめましたが来年か再来年には復活します。日本だけが近未来のテクノロジーの可能性を噛み砕いた情報として知っていない状況なんです。さらに、記事には海外配信権も含んでいますから日本で記事になった企業や人は、翻訳されて全世界に配信されます。海外に出て行こうと頑張っている企業は一杯あるじゃないですか。そんななかで「こんにちは」って、いきなり名刺を渡すよりは「『MIT Technology Review』で紹介された企業です」と言える方がいいですよね。

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-今は海外の記事の翻訳しか掲載されていませんが、今後は日本独自の記事も配信される予定ですか?

年内配信を目指して準備しています。大切なのはその国に合った言葉を選ぶこと、つまりローカライズすることです。多くの海外メディアの日本版がうまく行ってない原因のひとつがそれです。翻訳するだけで精一杯で、本国への内容確認もあって見出し一つ自由に作れない。「どういう書き出しで、こういう中があって、こんなオチ方で」と、パターンを分析しながら日本人に響く事例を作る必要があります。

−日本版の運営にあたり、本国からの要望などはあったのでしょうか

先程申し上げた部分と重複するところもありますが、日本は人口減少社会であり、生産人口の減少という課題に直面しています。今後海外の先進国も同じ課題に直面することから、日本がどのような対応をするか注目しているようです。とくに、労働や介護の領域でのロボットの活用と、エネルギー分野での取り組みに関する話題を日本国内に、そして世界に向けて発信していって欲しいという要望がありましたね。

-最後になりますが、中野さんの考える“近い”日本の未来とは?

バッドエンディングとグッドエンディングどちらがいいですか(笑)。ま、ここは明るく行きましょう。とある政治家の方が言っていました。「人口が減っていくことを悲観するのはやめましょう」と。人口が減っていくことは避けられず、そのなかで労働力は確保しなければいけないわけです。そうなった場合、人間かロボットのどちらかになる。日本の人口が減っていくとされながらも、日本が移民を大量に受け入れることは考えにくいので、消えていく労働力をどこに頼るかというとロボットしかいない。
そしてこれから日本にやってくるのが超高齢化社会。介護ロボットの開発が日本でもされていますが、今は中途半端といえるでしょう。自治体によって異なりますが、一定期間動かすと補助金がもらえるので、それを繰り返しているだけのところもある。だからなかなか実用的なものが出てこない。補助金がでるうちに、早く使える介護ロボットを開発していかなければなりません。そうすればいずれ、海外に売れるんです。

日本は世界一、高齢者の比率が高い国です。他国はあとからその状況がやってくるので、モデルケースとして確立できるチャンスなわけです。日本が「介護に役立つロボットはこれですよ、サービスと併せるとこんなかたちのビジネスがあります」って見せることができる。そう、実は僕ら日本人は未来に生きているんですよ。ヨーロッパから見ると未来なんです。もちろん熱心に開発しているところもありますが、補助金目当ての開発はやめて「良いものと悪いものを本気で見極めて、どこにも敵わないものを作りましょう」という方向に進むことを願っています。それを『MITテクノロジーレビュー』というメディアに載せて世界へ伝播させていくことができれば、日本の未来は明るくなるんじゃないですかね。


中野 克平(なかの かっぺい)

2000年8月、株式会社アスキー(現:株式会社KADOKAWA アスキー・メディアワークス事業局)入社。雑誌、書籍の編集、Webサイトの運営に携わり、2016年7月にはデザイナー、エンジニアのためのメディア『WPJ』を立ち上げた。

『MITテクノロジー・レビュー』
http://www.technologyreview.jp/


TEXT & PHOTO BY TOSHIHARU TODA
EDITING BY KEISUKE TAJIRI