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Life Shift

2016.10.06

シリコンバレーで巻き起こった『お〜いお茶』ブーム。その仕掛け人が日本で「茶ッカソン」を始めたワケとは

日本では圧倒的知名度を誇るが、一歩海の外に出ると無名でブランド力が通じない。そんな状況下で、いかにして商品を売るか。頭を抱える日本企業は少なくないだろう。『お~いお茶』でお馴染みの伊藤園もまた、この課題に直面していた企業のひとつであったと思われる。
そんな中、ブランドが浸透していないどころか無糖のお茶を飲む文化すらない北米の地で売上を伸ばした一人の営業がいる。Googleをはじめとするシリコンバレーの名だたるIT企業のカフェテリアに『お~いお茶』を導入することに成功した角野賢一氏だ。
現在は日本に戻り、「茶ッカソン」というお茶をテーマにしたハッカソンを仕掛けている。シリコンバレーで、「世の中(地域社会)に良いインパクトを与えることをやろう!」というスタートアップ企業の考え方、文化に魅了され感化されたという角野氏。北米の地で、何を学び、何を持ち帰ってきたのか。彼が残してきたこれまでの足跡を追った。

売上よりも足跡を残せ

2001年、伊藤園に新卒入社した角野氏は、4年間のルートセールスを経て2005年に1年間の海外研修に旅立つ。研修先のニューヨークでは『お~いお茶』をリュックに積めて飛び込み営業をひたすら繰り返した。「海外研修といえば午前中に語学研修、午後はビジネスモデルの研究というような形が一般的だと思うのですが、当社は違いました」と角野氏は話す。

伊藤園ブランドの知名度が低いどころか、無糖の緑茶を飲む文化自体がないニューヨーク。試飲してもらえても、一口で拒絶されてしまうことが少なくなかったという。「しかし、営業所から一歩外にでると、その先の行動は全て個人に任されていました。大変なことは多くありましたが、自由にやらせてもらえたのが良かった。私にはフィットしていました」と角野氏。日本では味わえない逆風だらけの環境で、主体的に試行錯誤できたからこそ座学では得られないリアルな学びを得ることができたと言う。

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研修期間が終了し日本に戻るものの、密なコミュニケーションで個人商店を中心に取引先を増やした実績が評価され2008年にITO EN(North America)INC.(以下、北米伊藤園)に異動、サンフランシスコ地域の営業担当となる。北米伊藤園は2001年に事業を開始し、現地のスタッフを中心に『ティーズティー(TEAS’TEA)』と英語版パッケージの「お~いお茶」を販売していたが、まだまだ無名の存在であった。
通常海外赴任した食品メーカーの営業担当者であれば、通常、自社商品を現地の大きな流通にのせることにより、販売数を大量に増やすことを考えるであろう。渡米した角野氏も定石に従い大手スーパーや問屋を回った。しかしなかなか相手にしてもらえない。ニューヨーク時代と同様、伊藤園のブランドの知名度も、お茶を飲む文化もない土地での正攻法は通じなかったのだ。

「2年目に入ったときに、違う方法で攻めようと思いました。それまでは、営業マンとして売上数字を追うことだけが目的でしたが、『お~いお茶』ブームを起こすことを目的に据えてみました。サンフランシスコに来る直前に、人事部のトップから『売上を5倍10倍にしようと思わなくていいから、君が行った足跡を残してくれ。足跡を残したら君のためにもなるし、会社のためにもなる』と言われていたことを思いだしまして。目線を変えてやってみようと思ったのです」

「無糖のお茶は健康に良い飲料である。健康志向の強い人であれば受け入れやすいのではないか?」。そう仮説を立てた角野氏は、健康志向の高い人々が集まる場所を探し始めた。大学や病院のカフェテリアなど、これまでとは全く違う場所を回る毎日。そんななか、知人の紹介でたまたま訪問したGoogleオフィスでアイデアがひらめく。

シリコンバレーのIT企業はフリードリンク、フリーランチのところが多く、従業員は無料で飲食できる。しかも彼らは健康志向が強い。健康に良い飲み物として『お~いお茶』をカフェテリアに置いてもらえれば広まるのではないか? しかし、どうやって置いてもらおうか。

たくさんのトライ&エラーとさまざまな人のアドバイスを聞いた後に角野氏が行き着いたのは、IT企業のエンジニアが集まって互いにプレゼンし合うミートアップの場である。シリコンバレーのエンジニアが集まるその場所に、夜な夜なバケツと氷とお茶を持って行き、サンプリングをさせてもらった。当初は『お~いお茶』の良さをわかってもらうためだけの活動ではあったが、意外な変化が角野氏に訪れた。スタートアップ企業の人々との触れ合ううちに「僕はこのアイデアで世界を変える」と真剣に語るエンジニアの姿に感化されるようになったのだ。

「彼らと話していると、ほとんどの人がファーストプライオリティとして挙げるのは『世の中に良いインパクトをできるだけ早いスピードで』ということでした。そして、その考え方はオープンで、とても良いなと。これも私のメンター的存在であったEvernoteの外村さんの言葉ですが、これだけインターネットが進んで世界中の知識、知恵が簡単に共有できる世の中で、ひらめきやアイデアを隠すことは必ずしも大きなパワーになりません。それよりもオープンに話していき、皆の共感を集め、仲間を増やしていく。速い速度で、他の人がやる前に進めてしまう。この文化の素晴らしさに感動しました」

そして角野氏も自分のアイデアを語るようになる。とあるミートアップで『お~いお茶』に好感を持った人から、AppleやOracleといった大規模なイベントでのサンプリングを提案された。しかしブランドが確立していない場所で配布しても、次の日から買ってくれる人が増えるとは考えにくい。角野氏は丁寧に断りながらも、こう続けたという。

「私はあなたたちが働いているIT企業にあるフリードリンクの冷蔵庫に『お~いお茶』を並べたいんだ。無料であれば、社員は試しやすいし、シリコンバレーのエンジニアは新しいものにトライするマインドがある。炭酸飲料ばかり飲んでいた他の従業員が、漢字が書かれた緑色のペットボトルのドリンクを飲んでいたら気になるはず。『それなんだよ?』『無糖で健康に良いドリンクだよ』『そりゃCoolだね』。そんな会話が生まれてお茶が手にとられていく。世界中から出張者が集まるGoogleのカフェテリアで『伊藤園』や『お~いお茶』という言葉が飛び交うようになったら、私が帰国しても『お~いお茶』は飲み続けられることになる。私はそういう営業をやりたいんだ」

シリコンバレーには、努力していたり、人は違うアイデアを持っていたりすると周りが協力してくれる文化があるという。角野氏のアイデアを聞いた人は面白がり、Yahoo!やFacebook、Twitterなどのカフェテリアのマネージャーやトップシェフを紹介してくれた。シリコンバレーではエンジニアの力は強い。かなりの確率で会うことができたという。

こうして、角野氏は念願であったIT企業のカフェテリアへ『お~いお茶』を導入することに成功した。Googleにいたっては毎月約36,000本も購入してくれたという。

そして「茶ッカソン」が生まれ、進化した

2014年、角野氏の日本帰国が決まった。営業成績は上がったものの、それだけでは少し寂しく感じたという。「シリコンバレーの『アイデアをオープンにしてブラッシュアップしていく文化』を日本に持ち帰る方法はないかと考えるようになりました。そこで出てきたのが茶ッカソンです。茶ッカソンはお茶とハッカソンを掛け合わせた造語です。ハッカソンはシリコンバレーの文化のひとつで、オープンイノベーションの精神で色々な会社の人が集まって議論します。そこにお茶を融合させることで、若い人にもお茶のおいしさや、健康的であるという魅力を伝えることができるのではないかと考えました」

角野氏は、まずは帰国前にシリコンバレーで開催することにした。日本に戻って提案しても、事例がないとイメージされにくいと思ったからだ。

1966年創業の伊藤園。一般的には老舗企業で固いイメージがあることは否めないだろう。しかし内情は異なる。1972年、茶葉鮮度保持のための真空パック技術を開発。1980年には世界初の「缶入りウーロン茶」を発売。1984年には、缶内の酸素除去により品質を保持する製法を確立し「缶入り煎茶」の開発に成功している。1990年、世界で初めてのペットボトル入り緑茶飲料を発売。

常にテクノロジーと向き合い、お茶を進化させてきた企業である。老舗企業ではあるが型にはまらない自由さが社内に流れているという。「企画の内容さえ理解してもらえればチャレンジさせてもらえる風土が伊藤園にはあります。だからこそ、シリコンバレーで事例を作って日本の上司がイメージしやすい状況を作りたかったのです」

イベントの企画経験がない角野氏は、シリコンバレーで知り合ったニフティ株式会社の河原梓氏に協力を求めた。年間200本ものイベントを企画した経験を持つスペシャリストである。茶ッカソンの名付け親も河原氏だという。

そして2014年5月にEVERNOTEのシリコンバレー本社で開催され盛況を博した茶ッカソンは日本でも展開することになる。日本版茶ッカソンは2014年10月の1回目を皮切りに現在まで6回開催されている。初めはIT系の関係者が多かったが、回を重ねるうちにライターや公務員など他職種の参加者が増えているという。

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それだけではない。地方自治体とコラボレーションしたり、高校生を対象とした放課後茶ッカソンという新たな形態を展開したりと、IT系の職種が集まるハッカソンの枠を超えた活動に様変わりしている。

「お茶のベネフィットは3つあると考えています。『おいしさ』『健康』『コミュニケーション』です。最後のコミュニケーションはなかなか意識されていませんが、みなさん知らず知らずのうちにやっていると思います。『お茶しよう』という言葉があるように、お茶はお互いのコミュニケーションを促すベネフィットも兼ね備えているのです」

茶ッカソンは、お茶を売り込むイベントでもIT関係者のためのイベントでもない。現代版茶会のような位置づけで、お茶を飲みながら会話したり、アイデアを出し合ったりと、コミュニケーションをとるためのきっかけとなれば良いと角野氏は言う。シリコンバレーで感化されたミートアップを再現したかったのかもしれない。

今、角野氏は茶ッカソンを一人でも多くの人に楽しんでもらえるよう、参加の間口を増やすだけでなく、コンセプトやルール、仕組み作りに注力している。今後伊藤園が主体になって開催しなくとも、企業や地方自治体、学校、有志のグループなどが一定の規約を守れば自由に開催できるようにしたいと考えているのだ。

もちろん企業活動である限り、事業への貢献も求められる。角野氏は「茶ッカソンは、シリコンバレーの人々の『世の中(地域社会)に良いインパクトを与えることをやろう!』という意識に感化されて生まれたものです。テーマ設定も含めて、人々はどんなことに感動するのか? 喜びを感じるのか? を追究してやっています。このような意識を持つことは、企業活動や商品活動、ブランドにも反映されるのではないかと思っています」と語る。

さらに角野氏は茶ッカソンの参加者からの声を得ることこそが社内のモチベーションを上げると言う。メーカーである以上、通常の営業先は問屋であったり小売店であったり、自動販売機である。最終消費者との接点は少ないのが現状である。お茶を楽しんでもらえていることを知る。それだけで営業マンは元気になる。自分のやっていることの意義を知ることになるからだ。

北米では、皆無だった伊藤園ブランドだけでなく、無糖のお茶を飲む日本文化を残してくることができた。今もシリコンバレーのカフェテリアには『お~いお茶』が並んでいる。そして、それを助けたシリコンバレーの文化を角野氏は日本に根付かせようとしている。

「君たちはITで世界を変えようとしているが、私はT(ea)で世界を変える」。シリコンバレーで冗談交じりに言い放ったという角野氏の一言。日本では盤石のブランドを築いた老舗企業においても、今なお新たなチャレンジは続いている。


角野 賢一

株式会社伊藤園 広告宣伝部。2001年大学卒業後、株式会社伊藤園に入社。4年間のルートセールスを経て2005年に米・ニューヨークにて海外研修を受ける。2008年ITO EN(North America)INC.に異動。シリコンバレーにてIT企業のカフェテリアを取引先にするなど、新たな流通網を切り開く。2014年帰国。広告宣伝部にて、シリコンバレーで立ち上げた茶ッカソンを日本で展開している。


TEXT & PHOTO BY TOSHIHARU TODA
EDITING BY KEISUKE TAJIRI