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Life Shift

2016.09.30

AIが書いた小説に、感動する日は来るか

AIの書いた小説が、ショートショート及び短編小説を対象とした公募文学賞である星新一賞の一次審査を通過――。今春、そんなニュースが報じられた。審査過程で作者の詳細は明かされないため、AIが書いたという物珍しさで応募総数1449編のなかから選ばれたわけではない。作品名こそ明らかにされていないがAIの手による通過作品は少なくとも1作品以上とされ、それらははこだて未来大学の松原仁教授率いる“きまぐれ人工知能プロジェクト”「作家ですのよ」によるものだ。それほどの小説を、AIにどうやって作らせたのか。

いかにしてAIに小説を書かせたのか

「今回応募して一次審査に通ったのは、ストーリーや設定は我々が与え、AIが文章化した作品です。つまり、小説を書くという意味では後半だけ――書く内容が決まったものを、書き上げただけということになります。とはいえ第三回星新一賞の一次審査を通過したということは、文学的評価はともかくとして、AIが書いた3000字弱の小説が少なくとも最低限日本語として読めたという評価をいただけたわけで、それは研究の大きな成果だといえるでしょう」

喜びの感情を見せることもなく、松原氏は控えめに、応募作品の執筆過程について続ける。

「我々はAIに星新一さんの小説を1000作以上読み込ませ、そのストーリーの組み立て方を分析させました。そして、『星さんの小説にありそうな文章やパターンだけど、星さん自身は書いていないもの』を作り上げた形です。ちなみに今回の応募したのは、数万行のプログラムで作り出した数十万作品のなかの2作。AIが得意とするのは、量産なんです。出来の良し悪しは関係なく、とにかく大量にアウトプットする。そのなかから我々が、応募作を選びました。数十万作品のうち数十作品程度を出力し、我々が読んで一番もっともらしい作品を選んで応募した結果、そのうちの少なくとも1作品以上が一次審査を通過したのです」

「星新一の作品を使って、AIに小説を書かせてみたらどうかしら?」。星新一作品を管理する星ライブラリ代表の星マリナ氏にそう言われ、2012年にプロジェクトがスタートして以来、松原氏はさまざまな試行錯誤を繰り返してきたという。たとえば初期のころには、AIに何本かの星新一の小説を分解させてランダムに組み合わせ、ひとつの作品にしたこともあるという。この作品を純粋な星新一作品と一緒に学生に読ませたところ、どれがAIによる小説か、わからなかったそうだ。

「小説を読み比べた学生は、星さんの作品を一冊も読んでいなかったんです(笑)。もしも星さんの作品を何度か読んだことがある人なら、きっと気づいたはず。おもしろい試みでしたが、これをAIが書いた小説とはさすがに言えず、発表していません。このように、学生と一緒にアイデアを思いついてはトライしています。今、我々が可能性を感じているのは、星さんの1000作以上のオチやテーマ、登場人物を分類させ、類型化するというもの。星さんの作品の組み合わせ――テーマは宇宙、登場人物はロボット、オチは……といった組み合わせを分析すれば、必ず抜けがある。そこで、新しい組み合わせを作れば、いかにも星さんらしい作品だが、星さん自身は書いていない小説を作ることができるかもしれない。他にも試していないアイデアは、まだいろいろあります」

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小説を書くという行為においてAIにできること、できないこと

何年もアルバイトをしながら小説を執筆し続けている小説家は、少なくない。昔から数多くの人間が夢破れ、目指したところでなかなかなれるものではない職業のひとつが、小説家だろう。それゆえ、AIの書いた小説が星新一賞の一次審査を通過したというニュースに、衝撃を受けた人は一定数いるはずだ。AIには不向きなのではないかと考えられていた創作活動ですら、人間を超えていくのか、と。

AIによる小説が一次審査を通ったことは、そのような側面があるのではないかと松原氏に問うと、意外にもその表情は明るくない。今回の結果は一定の成果として受け止めつつも、まだまだ課題は山積しているからだと言う。

「本来、小説を書くという行為は、ストーリーを作るという作業からスタートします。でも、まだAIにはストーリーはまったく作れない。さらに、AIが長い文章を書こうとすると、非常に不自然な文章になってしまうんです。少なくとも、人間は書く内容が決まれば、文章のレベルはさておき、ある程度は普通に書けると思うのですが、コンピュータはそれが難しい。Siriのように、チャットや短い応答をするといった音声対応はできるようになりつつありますが、長い文章になるとボロが出る。表現力がないんです」

それを象徴するエピソードがあるという。同プロジェクトで生まれた作品を、あるSF作家に読んでもらったとき、こう評されたというのだ。「アイデアはいいが、普通の人間の作家だったら、もう少しエピソードを入れて膨らませ、読み応えのある作品になっただろう。今のままではあらすじみたいだ」と。

「人間の場合、文脈や単語からイメージを思い浮かべ、ストーリーを立ち上げることができるのですが、AIに辞書を持たせたところで、辞書的知識だけでは物語は書けないということです。言葉の裏の意味やイメージを知っていないと、書けない。つまり今回の応募作品のように3000字弱の小説がやっとであり、現段階では4000字6000字8000字はとても難しい」

悪いのは、それだけではなかった。文章がいくつも連なるにつれ、一文一文が別人が書いたような文体になるのだという。かろうじて話は通じるものの、星新一のような一文の次に、村上春樹のような一文、小松左京のような一文といった具合になるらしい。

「でも、ある芥川賞作家の方とお話をしたとき、『AIの文章に感じる違和感を欠点のように言いますが、もしかしたらそれは、人間には書けない新しい文学を生み出す可能性もありますよね』と言われたんです。なるほど、と思いましたね。従来の文学作品とは違う、新しい“作風”として受け入れられる可能性は、ゼロではないわけです。一方で、ベテラン女性作家の方には『AIには芥川賞は取れない』と言われました。なぜなら、人生経験がないからだ、と。小説は人生経験で書くのだと言われると、AIには手も足も出ません。男女の機微となると、たしかにお手あげです。ただ、AIは人間が一生かかっても読めない量の本を、読むことができます。人生経験のひとつとしての読書は、人間の何万倍もできる。古今東西のいい小説を全部集めて分析させると、『何だか太宰風でもあり、芥川のようでもあり、森鴎外も感じられるし、夏目漱石のような……』みたいな、思わぬ作品ができあがるかもしれません」

AIが作り出した作品は誰のものか。「著作権」は生まれるのか

小説家としてのAIが、まだまだ道半ばであることは間違いない。ただ、絵画や音楽の創作において、少しずつAIは大きな力を見せつけ始めている。2016年春、AIの手によって、17世紀の画家・レンブラントの「新作」が発表されたのは記憶に新しい。346作品に及ぶレンブラントの作品をデジタルスキャンし、ディープラーニングを用いて叩きこまれたAIが、色選び、筆致はもちろん、モチーフまで本人そのままの「新作」に作り上げたというものだ。オランダのマウリッツハイス美術館とレンブラントハイス美術館のチームがデルフト工科大学、マイクロソフトとともに制作したものだ。

「クリエイティブの中でも、絵画や音楽はAIが得意とする分野です。すでにAIは作曲もしています。ここで注意しなければいけないのは、AIの特徴は量産性にあるということ。音楽ならば、1億曲とか10億曲を一瞬にして作ってしまいます。もし、AIが作ったものに著作権が与えられると、人間が後から作った曲のフレーズのどこかが重複する可能性は確率的に高くなります。AIの著作権を侵害したという怪しげなビジネスが横行し、人間の創作を阻害する方向に走るかもしれない。さすがに、AIが作った小説のフレーズを人間が偶然書く確率はきわめて低いと思うのですが、音楽の場合、非常にありうる。人間同士でさえ、悪意の有無に関係なく、似ている・似ていないといった話は多い。そこをどうするか、なかなか議論が落ち着いていないのが現状です」

現行の著作権法では、「思想又は感情を創作的に表現したもの」を保護対象としており、従来の人間が創作した作品に加え、人間がAIを道具として利用した創作物には著作権を認めている。しかし、人間がほとんど関わらず、AIが自律的に創作したものは権利の対象とならないというのが一般的な解釈だという。

「さらに、データの出典という面でも問題がある。データをそのまま使うのは“パクリ”です。でも、我々の星新一作品然り、絵画のレンブラント然り、何らかの意味でAIが咀嚼し、部品化して作品に用いた場合、それはどうなのでしょう。たとえば、文章としては村上春樹さんの書いた文章はどこにもないけれど、誰が読んでも“いかにも村上春樹”という作品をAIが作ったら? AIの創作には、今そういう問題点が横たわっています。AIの出力するものに対する法整備のあり方は議論の深化を待ちますが、僕の考えとしては、AIは道具ですから人間の活動を阻害してはいけないと思っています。ただ、非常に限定された範囲で何らかの一定の権利を、AIの出力したものに認めることはあってもいいのではないでしょうか」

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AIのクリエイティブが、世の中を変える日

人間による創作活動においても、オリジナリティは常に問われ続けている。音楽に限らず、小説でも、映画でも、絵画でも、何に似ているかどうかを探られ、どのような影響を受けたのかを問われ、場合によっては糾弾される。

「AIの作品に独創性はあるかというと、分析しているデータがある以上、判定は微妙でしょう。我々の場合、そもそも星新一さんのような小説を書かせようという前提があるので、オリジナリティはないのですが(笑)。でも、開き直るつもりはありませんが、人間でも同じでしょう。自分がこれまで読んだ小説、観た映画、聴いた音楽を自分なりに吸収し、多くの場合、無意識的に違う表現でアウトプットされているだけです。AIはそれを良くも悪くもすべてアウトプットする。結論としては、度合いだと思うんです。あからさまに同じ表現が残っていると著作権的問題になりますが、咀嚼してしまえば、違う。咀嚼率の問題ですよね」

ということは、さまざまな名作を分析し続けたAIが、いつか本当に小説を、人間を感動させるような小説を書ける日が来るような気もしてくる。そう伝えると、松原氏は苦笑いをしながら、小説家を目指すAIにとっての究極の弱点を明かす。

「AIに男女の機微が描けないように、プログラムは感情を持たないわけです。つまり、何がおもしろいのかがわからない。小説の良し悪しの評価ができない。AI自身が、書いている小説を理解していないわけです。何かしらの評価基準を与えることができたとしても、人間と同じように、自分が書いている作品をワクワクしながら書くことはない。もしも評価ができるようになれば、それはAIに一種の感情が芽生えたということと同義になる。それはかなり難しい」

ただ、評価を必要としない文章作成には、大いにAIが活用できそうだ。フォーマットのある報告書、分析の必要なレポートなどは、いずれ松原氏たちの研究が応用され、ベンチャーなどでビジネス化される可能性があるという。

「携帯小説などのコンテンツビジネスにも、役立つかもしれませんね。AIが得意なのは量産ですから、ユーザーの好みを入力し、100人のユーザーに対しそれぞれの好みに合わせた異なる連続小説を毎日スマホに送るといったことは可能でしょう。また、一部で稼働し始めているのですが、短いキャッチコピーを作る方が得意なので、コピーライターになる方が、小説家より現実的かもしれません。10文字以内のキャッチコピーなら、今のAIでも十分できそうです」

松原氏の追究する100%AIによる小説は、まだしばらく時間がかかりそうな感はある。しかし、それは研究者としての冷静な「現状分析」だ。「今できていないものを、いつかできるんだと強弁することは、私にはできませんから」と言いつつ、不思議なほど氏は明るい表情を見せる。

「早ければ数年でできるかもしれないし、下手すると10年かかってもできないかもしれない。その前に、作家がAIを使うのが当たり前になる時代が来るかもしれない(笑)。でも、我々の理想は、ゼロからAIに小説を書かせること。幸い、ライバルが増えたので、我々が到達する前に、誰かが10年以内にそれを成し遂げる可能性も大きくなりました。もちろん、我々が成し遂げたいと思っています。何にせよ、AI研究者は、できたものを見せるしかないんです。私は学生時代からずっとAI研究に携わっており、30年前はコンピュータが将棋の名人に勝てるはずがないと言われていました。でも、勝つようになった。それしかないわけです。私は、AIに人間を感動させられる小説が書けると信じている。だから、それを書かせて証明するしかないと思っているんですよ」

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松原 仁(まつばら ひとし)

1959年2月6日東京生まれ。1981年東大理学部情報科学科卒業。1986年同大学院工学系研究科情報工学専攻博士課程修了。工学博士。同年通産省工技院電子技術総合研究所(現産業技術総合研究所)入所。2000年公立はこだて未来大学教授。2016年公立はこだて未来大学副理事長。人工知能、ゲーム情報学、観光情報学などに興味を持つ。著書に「コンピュータ将棋の進歩」、「鉄腕アトムは実現できるか」、「先を読む頭脳」、「観光情報学入門」など。前人工知能学会会長、情報処理学会理事、観光情報学会理事。


PHOTO BY TORAZO YAGI
TEXT BY SHINOBU SAKURAI