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Life Shift

2016.09.02

フォントはいかにして生まれるのか。老舗フォントメーカー・モリサワに聞いた。

なぜ、モリサワのフォントはよく利用されるのか? 現在、大小多くのフォントメーカーがあるが、そのなかでもモリサワは草分けであり、世界的にもその地位を確かなものにしている。実は、私たちも知らぬ間に、新聞、雑誌、書籍、ポスター、サインなど様々なメディアで毎日モリサワフォントに囲まれているといえるかもしれない。ただ、開発した数あるフォントはその存在を知らしめているが、どういった哲学を掲げ、どのようにフォントが生まれているかはあまり知られてはいないのではないか。どうやら肝は、モリサワのデザイン機能「モリサワ文研」が担っているようだ。その答えを紐解くべく、日本標準時子午線のシンボル 兵庫県・明石市立天文科学館のふもとにある「モリサワ文研」のオフィスを訪ねたが、そこにはものづくりに対する真摯な姿勢があった。

モリサワ文研の真骨頂は「突き詰める」ことにあり

15年。これはモリサワ文研の代表作である書体「黎ミン」の開発にかけた年月である。15年という年月を比較するならば、当たり前ではあるが新生児は中学を卒業するほどに成長し、2012年に開業した東京スカイツリーも構想から開業まで同様の年月を費やしたとされている。「黎ミン」の開発は、1992年から構想を練り始めた。その後、本格的に社のプロジェクトとしてスタートし、1998年に入ると原案の試作を行い、その後試作は繰り返され、2007年になってようやくデザインが固まり、そして34書体もの多彩なバリエーションを持つグラデーションファミリーの開発を決定した(ちなみに世界で最も文字数の多い書体として2013年ギネス世界記録に認定)。そして、さらに4年を費やし製品化に至る。試作とデザインを繰り返し突き詰め、最終的には19年(プロジェクトとしては15年)を要したというのだ。

通常モリサワ文研では、次のような流れで書体が制作されていく。

1.マーケティング調査等を参考に新書体のコンセプトを打ち出し、具体的なイメージによる試作品を創出する
2.文字の基礎となる骨格をデザインし、専用方眼紙に1文字ずつ手作業で描き進めていく(原図作成)
3.デザインした原図をスキャナーで読み取り、イカルスシステム(書体開発を行うソフト)でアウトラインを作成し、デジタル修正を行う
4.本文用から見出し用まで使用を想定して組版出力を行い、デザインコンセプトに沿った仕上がりを検証する
5.ファミリー展開、同一文字への反映などを協議しながら検査を行い、修正を重ねて品質を向上させる
6.完成

アルファベットであれば大文字、小文字各26個、仮名は各50、そしてさらに漢字を入れれば、デザインしなければいけない数は、2万以上にものぼる。それは、文字単体のデザイン的美しさだけでなく、隣同士(もちろん上下も)文字と並んだときのバランスなどもデザイン検討の要素となる。しかも、基礎部分は手書きでの作業というから驚きである。中々気の遠くなる作業であるが、そう考えると「黎ミン」の15年というのも納得してしまう。そのときの様子をモリサワ文研の代表取締役・森澤典久氏と社歴39年になるタイプフェイスデザイナー・小田秀幸氏が話をしてくれた。

森澤 どう仕事をしよう、と相当悩んでいましたね。コンセプトがまとまってからのやり直しもかなり多かったですし、従来の明朝体とは違うコンセプトで作ったので複雑でした。丸一年くらいはやり直しで棒に振っています。

小田 当時はことごとく皆さんからご指摘を受けました(笑)。

森澤 計算通りにはいかないのです。このように長い期間を要する仕事なので、ある程度余裕をもって計画しますがうまくいかない。それは新しい試みをする書体であるほどうまくいかない。

小田 そうですね。書体は新しく商品化すると1点ものなのです。ですから、その都度アイデアや問題が発生します。「こだわったので6年かかりました」というのは、普通なかなかメーカーでは許されないことだと思います。でも、そうでないのがモリサワ文研ならではのところではないでしょうか。

森澤 それでいいのかって言われるかもしれませんが、そこだけは譲れないですね。

モリサワ文研のデザイン理念は「妥協することなくベスト・オブ・ベストを追求する」。まさしく有言実行である。

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挑戦と発明の繰り返し

先日、モリサワとさくらインターネットが協業し、無料でのWebフォント導入を実現した。Web制作会社はもちろん、個人でも手軽にWebフォントを導入できるようになるため、WordPressでも簡単に使え、SEOやデザインに配慮したWebサイトの制作に活用できるという画期的な取り組みだ。このように、モリサワは、時代の変化とそれに対するユーザーからの希望に応じ、様々なチャレンジをしてきた。それは、原点である1924年7月24日に世界に先駆けて発明した「邦文写真植字機」に始まり、1978年に印字した文字、採字状態をブラウン管上に映し出す写真植字機モニタ装置「モアビジョン」、1987年のアドビ システムズとの協業と続き、最近ではよりデジタル分野での展開に注力し2012年にはグッドデザイン金賞を受賞したWebフォントサービス「TypeSquare」を開始するなど、チャレンジングな歩みを止めない。そのなかで、1961年にモリサワから文字盤製造部門を分離独立させ、誕生したのがモリサワ文研である。

モリサワ文研は、多くの人に愛され続ける書体の開発を最大の使命と掲げ、その書体は、人の感性から生まれ、人に育まれて誕生するものでなければいけないと考える。そして、「文字を通じて社会に貢献する」というモリサワの信念と「妥協することなくベスト・オブ・ベストを追求する」というデザイン理念を持ち、新書体の開発を日々続けている。設立から約50年が経ち、モリサワ文研では、200を超える書体を持つようになったが、その理念とこれまでの歩み、いわゆる「モリサワらしさ」を、デザイナーの小田氏はこのように表現している。

「使用頻度の高い文字もあれば、生涯使わないだろうなという文字もあります。使用頻度が低いと思われる文字でも、人名や辞書、歴史的文献などで使われることが多く、普段目にすることが少ないだけで、そのような文字でもきちんと作っています。ですから、全体で、どの書体も品質が非常に高いのです」

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モリサワイズムは、どう未来に継承されているのか?

モリサワ文研は、もちろん創業当時から今日に至るまでそのプロセスや哲学を変えることなく、書体を開発し続けている。そのなかで、前出のデザイナー・小田氏のような60歳を超えるベテランの活躍が目立つところだが、若い世代にも「モリサワらしさ」は受け継がれているのだろうか。というのも、実は30年間デザイナーの新規採用をやっておらず、約10年前からその採用を再開したそうだ。

そこでモリサワ文研の若手デザイナー・原野佳純氏とモリサワのディレクター・富田哲良氏に話を伺った。入社のきっかけは、二人とも全く異なる。大学時代にモリサワの「A1明朝」を愛用し、グラフィックデザインを専攻していた原野氏。東日本大震災を機に、日本人だからこそできるデザインって何だろう、と自分が生まれ育った土地や環境を今一度振り返ったときに、日本語に育てられたのだという答えに辿り着き、フォント作りの道に進んだ。一方、富田氏は、元々広告代理店に勤めていたが「モリサワフォント=デザインインフラ」という印象に惹かれ、ニーズに合った新しいフォントを作って業界を変えてみようと決意し、モリサワの門をたたいている。

―実際に入社してからのモリサワの印象を教えてください。

原野 ひとつの書体を作るのにある程度の時間はかかっているだろうなっていうのはなんとなく想像していたのですが、去年から制作のプロジェクトに関わるようになり、ようやくそれを実感しました。だからこそ、文字全体が整っていて、使用される頻度が少ないマイナーな文字でさえもかなり綺麗に作られているのだと改めて思いました。また、感覚や美術的な観点が大切なのだろうと思っていたのですが、それだけではなくエンジニアの力が必要な部分も結構比重が大きいことにも気付かされました。

―富田さんはディレクターとして、また違う視点をお持ちだと思います。

富田 前職ではモリサワフォントのユーザーだったので「モリサワフォント=高価」というイメージがありました。いざ入ってみると、これだけのデザイナーやスタッフを抱え、長い時間をかけて作るフォントメーカーはないのではないかと実感しました。少なくとも国内では珍しい環境だと思います。

モリサワ文研では二万数千字をデザインして、それらの文字がどのような単語や文章で使われても美しく並ぶよう、人力で膨大な工数の検査作業を行っています。この検査行程こそ、文字そのもののデザインと並び、モリサワの書体品質を支える根幹です。原野さんもエンジニアリングの比重が大きい言いましたが、どんな規格のフォントで製品化してもアウトラインが整っているのは、デッサンの仕事同様その他のオペレーティングやエンジニアリングの力も非常に大きい。人の力と、最新の技術をもってできるところまですべてやりきる。そうすることで、価格に見合う価値を提供しているんだと強く思えるようになりましたね。

―モリサワらしさを実現するうえで心がけていることはありますか?

原野 何のために、誰のためにある書体なのか、ということを常に意識しています。それに対して、妥協しないで、最適な形を突き詰めていくこと。それを考え実践していくことが、モリサワらしさというか、モリサワが今まで作ってきた品質の高い書体を、これからも継続していくことに繋がるのではないかと考えています。

若手には「モリサワイズム」の注入として、入社後に徹底的にデッサンを練習させるという。課題として、明朝体の画数の少ない文字からはじめて、徐々に難易度を上げていく。そして、それはもちろん先輩デザイナーの厳しいチェックが入る。その点について、小田氏はこのように考えている。

小田 デッサンすると当然デッサン力がつく。イメージをデッサンし、形にする。それができる人は、パソコンでもできるんですよ。技術を向上させようと思えば、描くことはすごく大事です。ですから、私たちは入社してすぐのデザイナーはパソコンに向かわせるのではなく、体力づくりともいえるデッサンに時間をかけ、しっかりと取り組んでもらっています。

基礎設計を手書きで行うモリサワならではの考え方である。しかしだからこそ、信頼のある品質が高いフォントが生まれているのではないだろうか。ちなみにタイプフェイスデザイナー採用の実技試験でのポイントは、企業秘密とも言えるチェック項目があるそうだが、なによりどれだけの伸び代が感じられるか、ということが重要な要素だという。原野氏、富田氏の2人の話を聞いていても、「モリサワイズム」は確かに継承されているのではないだろうか。

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スクラムがもたらす効果は、明るい未来となるのか

これまでモリサワは、その時代時代において新しいチャレンジをしてきた。それはそれでもうひとつのモリサワイズムではないだろうか。そして、現在ももちろんフォント開発において新しいチャレンジが行われており、リリースが非常に楽しみなプロジェクトが進められているようだ。そのプロジェクトには、まさに原野氏と富田氏が関わっており、そこにはさらに進化すべくモリサワとモリサワ文研の新しい取り組みもあった。

――お互い一緒にプロジェクトをやられていて、印象はいかがですか?

富田 原野さんは、ディレクターが入った仕事は初めてだと思います。

原野 スケジュールが決まっているプロジェクトが初めてだったので、進め方がよく分かっていませんでした。ですが、富田さんがディレクションに入っていただいたおかげで、自分のデザイン作業に集中できるようになりました。本当はデザイン以外の要素も考えながら進めなければいけないのですが、まだ私もそんなに実務経験がないということもあって、とてもお世話になっています。

富田 原野さんは、研修をしっかり積んでいるだけあって、文字をデッサンするスキルに不安を感じることはありません。書体開発では、作業の遅延や技術的な課題が生じた際、その解決策の多くはエンジニアリング的手法によるものになるのですが、原野さんはデザイナーですが、プログラミングを要するデザインを支援するツールの使用や、エンジニアの世界で使われるバージョン管理のシステムの運用にも結構順応してくれているので、そういう意味では心強いです。

――小田さんからみてこの二人の相性や進め方はどうですか?

小田 よろしいのではないでしょうか(笑)。

富田 どうなんでしょうね…。でも実は直接話す機会って、あまりないですよね?

原野 そんなこと言わないでくださいよ! 私はすごくやりやすいです。

富田 モリサワ文研とモリサワの関係についていえば、かつてはモリサワ文研で完璧に出来上がった文字をモリサワが製品として世に送り出す、という明確な役割分担がありました。ただ現在は、市場の要求レベルが上がり、いろいろな技術や言語を想定して作らなければいけなくなってきました。外国のタイポグラフィを学び、言語環境に対応する高度なエンジニアリング技術も習得する必要があり、そのためにスクラムを組んで進めるようになりました。なので、やっと理想型というか、綺麗な進め方ができるようになってきていると感じてます。

これはモリサワ文研にとって大きな変化といえるが、創業から変わらぬものづくりに対する姿勢とぶれない理念が、若い世代に受け継がれることでさらに昇華することを期待させる。それでもこれまでと変わらず、納得したものを世に出してほしいものだ。私たちの暮らしにおいても毎日のように接するフォントと同様に、当たり前に使い続けているようなものが、様々な情報が溢れ、刻々と変わる社会に負けない姿勢と進化を求められているのではないだろうか。

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PHOTO by TAKESHI ABE
TEXT & EDITING BY SHUNYA HORII