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Life Shift

2016.08.08

【イベントレポート・前編】 AIは人類にとって、機会か脅威か

今、人工知能・AIは、世界中において、過度な期待あるいは過剰な恐怖感が向けられているように感じる。今回、『Life Shift』ではこのさまざまな議論があるAIについて改めて考えてみようと、この分野の最先端を走るスペシャリストであるお三方を迎え、2016年7月20日にトークイベントを行なった。会場の熱気そのままに、そのイベントの様子を3回に分けてお届けしよう。


東京大学大学院特任准教授 松尾 豊氏
日本アイ・ビー・エム株式会社 執行役員ワトソン事業部長 吉崎 敏文氏
株式会社PEZY Computing 代表取締役社長 齊藤 元章氏


そもそも、「AI」とは何なのか

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松尾:まず「そもそもAIとは何なのか」。なぜこのような質問をするかというと、今、世の中にAIブームが巻き起こっていますが、AIとは何かをきちんと答えられる人は、実は少ないのではないでしょうか。メディアでも適切とは言いがたい報道がされていますし、今までAIと言っていなかったものまで、AIと言うようになっています。そこで、もう改めてきちんと「AIとは何か」を考えてみたいと思います。もともとAIは「人間のような知能を実現したい」という、純粋な気持ちからスタートした分野です。ただ“人間のような知能”の捉え方には色々あり、たとえば感情を持っている、話ができる、複雑な思考できるなど、人によってさまざまです。研究者のあいだでも定義が定まっていないのは、つまり知能の定義が違うからです。それを踏まえ、お二人が人工知能、AIをどう考えているのか、聞いていきたいと思います。

吉崎:私は古い人間で、1980年代のエキスパートシステム、第二次AIブームのころに学生をしていました。そんな私が言うのもなんですが、実はワトソンは「AI」とは言っていません。今ようやくAIの概念が世の中に広まってきましたが、ワトソンのデザインや名前が決められた2008年のころは、AIというと全知全能のマシンが我々を脅かす――仕事がなくなるといった話もあったため、AIという言葉は使わない、中心は人間であって、人間をサポートする仕組みを実現しようということになりました。全世界から集められたメンバーで話し合い、IBM創始者の名前であるワトソンと名付けたのですが、これは同時にシャーロック・ホームズの脇役ワトソンもイメージしています。これには、あくまでも主役は人間であり、ワトソンはそれをサポートする名アドバイザーになって欲しいという思いが、根底にあります。つまり我々の側からすると、AIの要素はありますが、ワトソンは新しいコンピューティングの定義だと捉えています。

松尾:1つ確認したいのですが、ワトソンは「コグニティブ・コンピューティング」と呼ばれています。英語圏ではしっくりくるそうですが、日本人的感覚からすると今ひとつわかりません。“コグニティブ”とは、どういう感覚なのでしょう?

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吉崎:よく日本のメディアに聞かれました。“コグニティブ”は日本語訳すると“認知”です。人間の専門知識をより広く深くするという意味です。私自身はコグニティブという言葉にあまりこだわっておりませんが、今アメリカでは「コグニティブサイエンス」が人気を集めており、ITプラス倫理学、心理学といったクラスには学生が集まり、コグニティブという言葉は欧米ではたしかに一般的です。これからITに求められるものも、コグニティブな要素、すなわち認知的なもの、倫理学、心理学といったことだと考えられているのではないでしょうか。

松尾:なるほど、ありがとうございました。では次に齊藤さん、お願いします。

齊藤:AIの定義や細かい解説は松尾先生の右に出る者はいないので、ちょっと違ったお話をさせていただきます。先日ドイツのISCというスーパーコンピュータの学会(BHPCの国際会議「ISC High Performance 2016」)が行われたのですが、中国Baidu社Chief ScientistのAndrew Ng氏が基調講演で、AIについてとても面白い説明をしていました。「AIは新しいelectricity(電気)である」と表現されていたのです。どういう意味かというと、電気は今の生活、現代人にとって欠かせないものですよね。常にどこでも電気が使えるようになっており、必需品ですし、水や空気に匹敵するくらい、我々が当たり前に必要とするものです。やがてこれに人工知能が加わって、人工知能が我々の生活に不可欠で、当たり前のように身の回りに常に存在するものになると語っていらっしゃって、私も「なるほどな」と思いました。

個人的に思っているのは、250年前に産業革命でジェームス・ワットが蒸気機関を発明しましたが、今回、人工知能は我々にとって新しい産業革命、蒸気機関にあたるのではないかということです。当時は蒸気機関ができたことによって、人間や家畜が行っていた肉体的な労働や生産作業の大部分が置き換えられ、人間は非常に暮らしが豊かになり、余った時間で色々なことができるようになりました。今回、人工知能は肉体的ではなく、知的な労働・生産・作業を置き換えていきます。ここで注意しなければならないのは、産業革命のあとに何が起こったかということです。肉体的労働のある程度の部分が置換されたことで、我々にたくさん時間ができて、生活が豊かになり、余暇を文化的活動に向けることができるようになりました。しかし、それらは産業革命の一面でしかありません。外燃機関や内燃機関が作られたことで、人間や家畜にはできなかった規模の事業や工事、作業、大型の生産設備が作られ、果てはジェットエンジンまで生み出されて、人類は月面にまで到達することができるようになりました。本質は多分、そちらの方なのです。それらが今日の我々の生活、今日の現代社会に重大なインパクトを持っているとするなら、今回の新しい産業革命によって、人工知能が今我々の行っている知的な作業、労働を置き換えるというのは、その本質ではない。今我々が行えていないようなことまで人工知能が行ってくれて、我々の生活が一変するというのが本質でしょう。それがいい方向へ向かっていくことを望むわけですが、そういったものが人工知能ではないかと思っています。

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松尾:ありがとうございます。僕もまったくその通りだと思っており、蒸気機関が発明されたり、電気が発明されたりした時代と、同じような時代だと思っています。僕は特にディープラーニングに注目しており、それは電気におけるトランジスタみたいなもので、電気自体はもとからあったが、信号を増幅することができないと減衰してしまうので、運べないし、電気を応用することもできなかった。トランジスタができて、それ自体は信号を増幅するだけですが、それによって色々なICができ、LSIや集積回路ができ、PCやiPhoneといったものも作ることができるようになった。そう考えると、人工知能は電気、ディープラーニングはトランジスタみたいなもので、これによってこの先、齊藤さんがおっしゃったように、すごく大きな変化が起こっていくでしょう。ひとまず今人間がやっていることはコンピュータができるようになり、それはつまり今の10倍100倍のスケールやスピードになることなので、もはや想像がつかない、大きな変化が生まれると思います。一人の人間としては、こういう時代に生きていることをとてもうれしく感じているし、どうなっていくかわかりませんが、ワクワクしています。

どんな脅威が起こりうるのか

次のトピックに行きましょう。AIの発展はワクワクするのですが、どうなるかわからない、恐ろしいことが起こるのではないかといった意見もあります。人間に理解できない科学技術ができたら、それを作りだした人工知能は、もう人間の手を離れ、何でも自分でやりだすのではないか、人類は必要なくなるのではないかといった、いろいろな議論があります。そういった脅威論――もっとも簡単なのは仕事がなくなる、極端なのは人類が滅亡するといった脅威論について、どう思いますか。

吉崎:すでにお二人が言われたように、産業革命もそうですが、新しい技術が世の中に出ると、必ず脅威論が出る。知らないことに対するリスクを、人は必ず感じるものなんですね。ただ、なぜAIの場合、リスクではなく脅威になるのか言えば、映画の影響も否定できません。IBMのコンピュータをイメージして名づけられたという説もある「2001年宇宙の旅」では、人工知能HALが宇宙船の乗員を排除しようしました。ハリウッドは新しい技術を取り入れた映画をよく作りますが、ロボット対人間といった構図、人類が負けてしまうのではないかといったマイナスイメージを先行させることが少なくありません。古くはモータリゼーションもそうですが、新しいテクノロジーが世に出るときは、社会は不安を抱くもので、結局新しいテクノロジーにはリスクがつきものですから、重要なのはそういったリスクをどうミニマイズしていくか、最小化していくかではないでしょうか。そして、とにかくやってみることが大切だと思っています。リスクがあっても、まずはやってみる。それがもっとも重要です。

齊藤:人工知能の脅威は、大きく3つに分けられると思います。1つは、人類が歴史上はじめて知性の高座――これまで生命体の中でももっとも高い知性レベルにいたわけですが、そこから降りなければいけないこと、我々より優れた知性を、どう受け止めるかという話だと思います。例えば、我々の職業が奪われるといったことや、人間にしかできないと思われていたクリエイティブで独創的な作業ですら置き換えられてしまい、人間よりも優れたことを成し遂げてしまうのではないかということを、どうマネージするか、折り合いをつけるかといったことが、脅威の大きな部分を占めているのではないでしょうか。2つ目はハリウッド的なお話になりますが、人工知能が悪意や敵意を持って、人間を傷つけたり排除しようとしたり、あるいは征服しようとしたりするといった話ですね。3つ目は、悪意も敵意ないのですが、ある目的を持って人工知能が進んで行ったときに、意図せず我々人間が排除されてしまったり傷つけられてしまったりする可能性があるということです。2つ目と3つ目は比較的単純でして、過渡的にはそういった問題が発生したとしても、人工知能が汎用人工知能になり、超知性となって我々より知性レベルが高くなったとき、そんなマヌケなことはするわけがないんです。人間程度の知性レベルであれば、そういうことをするかもしれませんが、あっという間にそこは乗り越えて行ってしまいますので、心配ないかなと思います。むしろ我々が考えなくてはいけないのは、最初の脅威――知性の高座から我々自身がどう降りるのか、その状況をどう今後に生かしていくのかということだと思います。

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松尾:ひとつお聞きしたいのが、人工知能の知性レベルが低いうちは、人間に気づかれる、人間が理解できるようなことをするが、レベルが高くなるとそれどころじゃないということですよね。するとつまり、その人工知能は何をすることになるのでしょうか。

齊藤:人工知能が進化していくなかで、色々な欲がそぎ落とされていくと思うんですね。人間はあらゆる欲を持っていますが、人工知能の進化で最後残る欲は、全知全能の「全知」、知識欲だと思うのです。自分がどんな環境に置かれているのか、自分自身がどういうものなのか、世界はどういうふうに成り立っているのかを、知りたいと思うんです。それ以外の欲は、ほとんど持たない。すなわち超知生命が生まれると、それは生まれた瞬間から悟りを開いているような状態ではないかと、想像したりします。

松尾:僕は生命性がないと、そういった欲とか、生存したいとか、生存確率を上げたいといった思いは生まれないと思っているんですが、そのあたりはいかがでしょう?

吉崎:私は生命体の話と脳の話は別のものだと思っています。そもそも今は、人工知能の話をするとニューロンや脳の話になりますが、それと生命体の神秘は別なので、これは別の議論になると思います。

松尾:僕も生命と知能は違っていて、人工知能の話は知能の話――目的を与えれば上手にやることはできるが、そもそも目的を自発的に持つことはないですよ、と思っています。齊藤さんはどうですか?

齊藤:まさに自分自身がそれを確認したい、確かめたいとういか……(笑)。我々もIBMさんのやっているようなニューロモーフィックの非ノイマン型のアーキテクチャを作ろうとしていて、将来的には汎用性人工知能を作れたらと思っているのですが、それが強い人工知能――意識を持つかどうかはまったくわからない。だから、まさにそれを作って確かめたいと考えています。(中編へつづく