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Life Shift

2016.08.03

最先端の“魔法”でシンデレラになる女性たち

「プリクラ」の愛称で親しまれているプリントシール機。1995年に登場し、今もなお女子中高生の世代を中心に人気を集めているという。手元のスマートフォンで自撮りができる世の中で、なぜ彼女らはあえて「プリクラ」で写真を撮り続けるのか。意外にもその背景には、巻物や浮世絵に描かれた美人画、さらには古代日本の巫女にまで通ずる日本独自の伝統文化が存在するという。「日本の美意識を追究したい、しかも目に見える数式であらわしたい」と研究に取り組むひとりの女性に話を伺った。

“盛る” の根底には、日本古来の「守破離」が流れている

冒頭の写真は、さまざまなプリントシール機を使用して同じ日に同じ人物が同じポーズで撮影した、いわゆる「プリクラ」写真である。男性である筆者には髪型の違いはわかるにしても、失礼ながら、それ以外に違いを感じられなかった。

しかし、「プリクラ」にみられる画像加工技術の進化や、SNSなどの発展により、日本の女子中高生を中心にした、新しいアイデンティティを作り上げる動きがあると指摘し、これを「シンデレラテクノロジー」と名付け研究を重ねる東京大学大学院情報理工学系研究科の特任研究員 久保友香氏はこう語る。

「面白いんですよ。女子中高生がインターネットに上げているプロフィール写真って、どれも同じように“盛っている”のでみんな同じ顔で区別がつかないように思いますよね。それは誰もがアクセスできる世界で個人のプライバシーを担保しながらも、実は個性が暗号のように隠れていているんです」

“盛る”とは化粧をはじめ、メーカーによってことなるプリクラの画像加工機能のわずかな違いをも理解して、自分をいかに上手に演出するか、その行為や努力全般を指す言葉として使われる。

「たとえば車にこだわる男性は、車のエンジン音を聞いただけで車種がわかったりしますよね。でも男性とくらべてとその違いを理解している女性の数は圧倒的に少ないはずです。それは男性コミュニティでしか通用しない、言語や価値感覚だからです。それが女性の“盛り”でも起こっているんです。冒頭の『プリクラ』写真は、共同研究をしている会社、フリューさん協力のもと行った実験で、彼女らは瞬時に細かな顔の違いを理解します。男性が自分の顔や身体よりも、所有物の加工にこだわるように、自分をきれいに見せるための加工を常に追い続けているからこそです」

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久保氏のフィールドワークによると、彼女らは量販店で売っている複数の化粧雑貨を組み合わせて自分の感性にフィットするように加工していた。また、プリントシール機も機種によって写りが変わるため、1台1台の特性に合わせて立ち位置を変えたり、表情を作るタイミングを作ったりと、“盛り”への探究心は留まることがなかったという。

たしかに、女性にはわからない男性の世界、男性にはわからない女性の世界はある。それにしても、彼女らは自分らしさの美を追究しているのにも関わらず、外の世界から見て、なぜ同じ顔になるのか、なぜ自分を守ることにつながるのか、疑問は残る。

「日本ではいきなり新しい流派を作るのはあまり評価されません。武士道や芸事にある『守破離』。守る、破る、離れる。まずはどこかの流派に属して師匠に認められる型を身につける『守』。そこから自分らしさを出す『破』。それができたところで自分なりの流派を作る『離』この3つの流れで日本の芸能文化などはつくられてきました」

久保氏は、彼女らの根底には日本人特有の「守破離」が無意識に流れているため、トレンドという型をまず守るという。よって、外部からは違いがわからない。しかも型を知らない人間からすると、自分らしさを出している「破」の違いにさえも気づくことができない、と分析する。

さらに久保氏は、女性が中心となって神事を執り行っていた古代日本の文化までさかのぼる。「巫女は神事で歌や舞を披露しましたが、若い女性が不特定多数に姿を見せるというのは特別なことなので、神の妻として人間としての顔や個性を隠すために白くて厚い化粧を施したのではという説があります。ともすると古代から現代まで不特定多数の前に出ている女性は常に“盛り”を加えて、個性を秘匿してきたといえるでしょう」。

驚くことに、現代の彼女らには古代日本から受け継がれてきた、不特定多数の前での伝統的防御能力が無意識のうちに備わっているといえるだろう。

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古代より、不特定多数の前に出る女性は“盛り”を加えていた

今では女子中高生を追いかけてインタビューを繰り返すほどの久保氏ではあるが、「人間関係に苦手意識がある」と言う。「小学校のとき、授業で主人公の心情を書きなさいって言われても全然理解できなかったので、国語はいつも最低の点数でした」と振り返る。さらには運動も不得意で自分を「ピラミッドでいうなら自分は底辺だった」と感じていたという。

転機が訪れたのは小学4年生のとき。通っていた塾で算数の点数がずば抜けてよく、正解が不確定ともいえる心情の読み解きよりも、確かにひとつのこたえがある算数が性に合ったことに気づいた。「問題を解いていると人間関係から解放されて自由になれた。それから他の教科は捨てて、算数・数学の世界にどっぷりのめり込んでいきました」。

それから、父親に連れられて歌舞伎を観に行くようになり、久保氏も徐々に人への興味が出てきた。「実はもともと、歌舞伎や任侠映画の義理人情の世界が好きで、民族学とか文化人類学の、特定のコミュニティが持つ文化のことも勉強したくなりました。数学とは全く反対の世界。そういうのが苦手で数学をやっていたのに、数字で解けない世界も大好きになった。だからその好きな両方の世界を繋げたいなと思うようになって、色々とリサーチしていたところ、女子中高生を中心にした“盛る”という文化がおもしろく、その感覚を数学的に分析するという研究をはじめました」。

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アルゴリズムで美人は作れる

大学院では、日本の伝統的な美意識を数式化することに時間を費やした。「粋」や「おもてなし」の数式化を試みていく中で、シンデレラテクノロジーの基となるヒントを見つける。

「日本の絵画は、絵巻の時代から、浮世絵、マンガまで、写実的ではなくデフォルメして表現されてきました。ここに日本人の美意識、文化が表れていると考え、それを数式化すること考えるようになりました。絵巻物や浮世絵の美人画の歴史を追うと常に若い女の子が描かれています。同じ時期に描かれた美人画の顔は、一見、似た顔をしています。人の顔は多様性があるはずなので、実際の顔ではないといえるでしょう」

久保氏は一枚の顔写真を取り出し、数式化した方程式に沿って折り目を入れて我々に見せてくれた。「ほら、こんな簡単に和風の美人画になるでしょ」と微笑んだ。どんな人物でも久保氏がアルゴリズムにより日本伝統の美意識を基にした美人になれるという。

これは、現代の女の子の“盛る”行為に似ていると気づき、これが今の日本のメイクやプリクラの文化に通じているのではないかと考えるようになりました。過去と現在では大きな変化もあり、絵巻物や浮世絵のモデルは平安貴族の子女であったり、江戸時代の遊女であったりと、特別な人物だけが“盛る”という享受を受けてきました。そこから少しずつ技術が発展してきて、今では誰もが“盛る”ことができるようになりました」

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そうして現代の女性たちの“盛り”は、生まれ持った元の顔や家柄に依存していた文化から、どうやって“上手く盛れるか”に関心が集まっている。そして、その技術力の高さが暗号となり、SNS上にアップロードされても、男性はその意図に気付くことなく、女性コミュニティのなかで解読され、その努力がメッセージとして届いていく。

久保氏は言う。「“盛る”技術が大衆化し、技術をつかいこなす人が評価されるようになったことで、女性たちの努力が報われる世界になったと思っています。私はこの研究で努力を評価する基準を明確にしたいと思っています。ビジネスにしないの? とか“盛り”の流行を作ったりしないの? と聞かれることもありますが、私は女の子をターゲットにする企業を支援するよりも、女の子たちを支援したい。今では“盛り”のトレンドは、必ずしも企業やメディアが作り出すものではなく、彼女らの中から生まれるようになってきていて、可能性を感じます。そうした日本の伝統を無意識に受け継いできた、今の女子中高生たち“盛り”の文化とその努力を評価したい」。

内面の美しい努力家の女性が、不思議な魔法で美しい姿に変身するストーリーで知られる、グリム童話『シンデレラ』。「巻物や浮世絵は特別な人のもので、いわばシンデレラとして選ばれなければなりませんでした。でも、今はテクノロジーという魔法があって、努力で誰でもシンデレラになれるんです。そうした、彼女らの理想を追究する想いや努力が評価される社会を広めていきたいですね」。


久保 友香

東京都生まれ。2000年慶應義塾大学 理工学部 システムデザイン工学科卒業。2006年東京大学大学院新領域創成科学研究科博士課程修了。博士(環境学)。東京大学先端科学技術研究センター特任助教、東京工科大学メディア学部講師などを経て、14年より東京大学大学院 情報理工学系研究科 特任研究員に就任。


TEXT BY TOSHIHARU TODA
PHOTO BY MOEKO ABE
EDITING BY KEISUKE TAJIRI