シェアする

保存する

Life Shift

2016.07.29

データ分析は、スポーツ界のセオリーも変える?ラグビー日本代表アナリスト・中島正太の仕事とは

今、スポーツアナリティクスは注目すべき仕事である。現在日本では、スポーツアナリストの人口がまだ約50~60名程度だという。近年のスポーツ界において、鮮烈な記憶となった出来事。ワールドラグビーランキング3位(当時)の南アフリカ代表から逆転勝利し“史上最大の番狂わせ”を演じ話題になったラグビーワールドカップ2015でも、実は、スポーツアナリストの仕事がその躍進を支えていたのだ。中島正太――エディー・ジョーンズHC率いる15人制ラグビーの日本代表のアナリストを務め、リオデジャネイロ五輪に挑む男子セブンズ日本代表のアナリスト――。その中島正太の仕事を紐解いていく。

スポーツの分析といえば、古くは、野村克也氏がヤクルトスワローズの監督時代に提唱した“ID野球”から、近年ではバレーボール女子日本代表監督・眞鍋政義氏がiPadを片手にコーチングをする姿を思い浮かべる人もいるだろう。また、2011年に公開されたブラット・ピット主演の映画「マネー・ボール」では、スポーツにおけるデータの新しい価値がクローズアップされ、スポーツアナリストという職業が認知されたのではないだろうか。

海外の近年の動きはというと、マサチューセッツ工科大学スローンビジネススクールが主催となり「MIT Sloan Sports Analytics Conference」を2007年からスタートし、当初175名だった参加者も10年目を迎えた今年は、3500名にものぼる参加者が集まる巨大なカンファレンスへと成長している。ちなみに、今年3月に行われた同カンファレンス中の全体のソーシャルメディアでのインプレッション数は、合計6000万を超えたというのだから、その関心の高さが伺える。日本ではまだまだ伸びしろのある分野で、冒頭に伝えたようにスポーツアナリストの人口がまだ約50~60名海外に比べその規模は小さいが、バレーボールでは級を設定するなど、今、制度や体制を構築し、アナリストが活動しやすい環境を整備している。

これまで直感や経験がものをいうとされていたスポーツの中で、選手のパフォーマンスや試合の勝敗、はたまたビジネスをも左右するデータが確実に重要視されている。さらに、昨今のテクノロジーの進化により、分析もより高度なものになっているという。そして、今回、スポーツアナリストの中島正太に、データ分析の今とこれからを聞いた。

ls_main1

分析の基本は選手のタグ付け

―まず、ラグビーにおいてのアナリストの業務を教えてください。

「基本的には、試合に向けてコーチ陣が戦略を立てるためのデータを収集します。そのデータは、大きくわけて映像と数字に関する2種類。映像には、自チームのトレーニングや試合、対戦チームの試合や選手にまつわるものなどがあります。分析の流れとしては、練習や試合中の選手の動きをタグ付けして、プレー中のアクションについてコメントを入力していきます。例えば試合でいうと、その分析対象は、自チームの各選手からチーム単位での動き、さらに対戦チームまでもコメント入力を試合中に行っていきます。それを数値化し、分析したものをレポートとして選手、コーチ陣と共有していきます。タグ付けすることで、練習や試合のあと、ミーティングの資料として必要な映像をすぐにピックアップでき、逆にデータからも、映像を引き出すこともできるのです」

―実際、どのような分析をしているのでしょうか?

「例えば、ラインアウトというプレーがありますが、『ジャパン』『ラインアウト』とキーボードで打つと、その情報の入手が始まります。ラインアウトがどこで行われたのか、そのボールを獲得したかしていないのか、どのようにボールを受け渡したか、そのボールを誰が取って、誰がミスして、誰が捕まり、そのときのサポート人数がどれくらいいたのか、など起こった現象をすべて入力していきます。試合中に細かいことをやっていくとさすがに追いつかないので、試合中には全体像を入力して、終わった後に個人の細かいデータを入力していきます」

―どういった環境で分析を行うのですか?

「試合中に関していえば、スタンドの上層部にあるコーチボックスで分析を行います。ここには、コーチ陣もいますし、さらにはパソコンも設置されていて、放送局から送られてくる映像をリアルタイムに確認することができるのです。その映像を使ってキャプチャーをとり、今まさに目の前で行われている試合の分析を進めていきます。データは、控え選手がいるベンチやロッカーのパソコンとも同期され、すぐに自分の分析データを選手と共有することができます。そして、同時にハーフタイムのミーティングで使用する資料の制作作業も行っていくのです。基本的にその一連の作業は、自分一人で行います。ちなみに、4年前のラグビーワールドカップでは、放送局から送られてくる映像は3つのアングルだけでしたが、今回は5つにアングルに増え、映像もデジタルになりました。またラグビーは、世界各地で行われた試合の映像が約2時間後には、アナリストのDropboxに送られてきますし、各国のアナリストから直接データをもらう場合もあります」

ls_main2

スポーツアナリストへの道、それぞれの事情

―選手からアナリストへ、キャリア転向について教えてください。

「元々、データアナリストの道はまったく考えていませんでした。ただ、中学生の頃からラグビーの指導者になりたいという夢がありましたので、5歳から始めた選手生活は大学までと決めていました。それで、大学在学中にプレーヤーとしてのパフォーマンスをあげるため、ラグビー部の顧問である古川拓生監督のラグビーの研究に関するゼミを履修していたのですが、それがデータ分析との出会いでした。自分は、選手として体が大きいわけではないし、スピードもあるわけではない。相手の弱みがどこで自分たちの選手をどう活かすか、その答えを出すのが自分の生き残れる道でした。たくさんの映像をみて、こういったプレーを選択したほうが強みを活かせるかな、この選手を活かすためにはどうしたらいいのかな、ということを常に考えていました。大学の研究室には分析のソフトウェアがあって、映像とエクセルなどを使って分析する方法は教えてもらい、卒論もそれを使って書きました。ですので、そういう意味では、分析のできる環境があったのは自分にとって有難かったです。4年生の大学選手権で帝京大学に負けて引退したその翌日、古川拓生監督に呼ばれて、あるチームがアナリストを探しているからどうか、と勧められたのです。それからアナリストとしてのキャリアがスタートしました」

―選手からスポーツアナリストになるというのは、業界的に多いのですか?

「日本では、半々くらいです。選手からの転向だと、人によってはパソコンやテクノロジー、映像などIT的な部分で悩まれるケースも少なくないです。ただ、元々選手をやっていた人は、ラグビーのトレンドでしたり、実戦で培った経験もふまえて伝えることができるので、それはそれですごく強みを発揮できると思います。選手出身にしろ、元々アナリストにしろ、どう自分の強みを発揮し、選手とコーチ陣とどうコミュニケーションをとっていくか、それがポイントですね」

―日本と海外、分析はどちらが進んでいますか?

「分析の質や方法に関しては、日本よりも海外のほうが進んでいるとは特に思っていません。ただ海外は、データ分析の重要性を理解しています。日本だとチームに1人の場合が多いですが、例えば海外のある国のチームの例だと、ラグビーを専門とする人、統計学を専門とする人、テクノロジーに特化する人の計3人というように分野の違うアナリストがチームに帯同するケースもあります。それぞれの観点から分析し、より有益なデータをチームに共有する。役割が細分化されますが、各分野の強みを生かすことになるのでとても重要だと思います。今、イングランド代表がデータ分析には一番熱心で4人のアナリストを抱えています。遠征の場合は、2人が帯同し、2人は自国に残りそこからサポートをする。昨年までは、そういった体制をとっていたと聞いています。今年からエディー・ジョーンズが新しく監督に就任しましたが、今後どういう体制をとるのかは注目ですね」

ls_main3

ラグビーはテクノロジーにあふれている

―どんな分析ツールを使っていますか?

「分析には、オーストラリア・スポーツ科学研究所(AIS)が開発した『スポーツコード』というソフトウェアを使っています。映像をデータベース化でき、様々なカスタマイズも可能でとても汎用性があるものです。ラグビー業界では、ニュージーランドやヨーロッパの多くは、『スポーツコード』が主流ですね。一方、オーストラリアや南アフリカ、フランスなどは別のソフトウェアを使っています。ただ、ソフトウェアが違うと何か違うデータが取れるのかというとそういうわけではありません。ニュージーランドからコーチがきた場合は『スポーツコード』を使うというように、コーチ陣が慣れ親しんだツールを選択することが多いです。スポーツの世界では、急にチームが変わることもありますし、準備期間も短い場合もあります。そういった点で、自分が使いやすいものを使う。だから、南アフリカからコーチがきたときは南アフリカのアナリストも一緒に連れてくる、ということもありますね。その他にテクノロジーにおいていうと、アプリを使った選手のコンディションの管理や、ドローンを使い上空からの練習の撮影したり、走行距離やスプリントの回数を算出するためにGPSを使っています」

―データ分析が主流になってきてから、勝敗やパフォーマンスは変わりましたか?

「かなり大きな影響を与えていると思います。ラグビーワールドカップ2015の話でいえば、FWのコーチは、必ず自分の分野に関する映像をチェックし、すぐに試合中に修正をかける。これは、この環境がなければできなかったことです。選手やチームのパフォーマンスの良し悪しの傾向をデータである程度理解しているので、その基準より低いときにはそこをコーチ陣に指摘する。良いときには『いい状況だからこのまま続けていくといい形になるよ』ということを伝える。チームが勝つとき、負けるときの傾向はデータでわかるので、そこをモニタリングするようにします。例えば、このときの代表チームは、試合中のパスとキックの比率が9:1の割合だと良い傾向がありました。ラグビーワールドカップ2015のサモア戦、アメリカ戦では、やはりパスとキックの比率が9:1で勝つことができ、負けたスコットランド戦ではキックが少なくなり効果的な試合運びができませんでした。起こっている現象を映像でコーチ陣に見てもらう。それをハーフタイムに活かす。そこが勝敗に影響します。つまり、一番大事なのは終わった時に修正をしても試合結果は変わらないので、試合中にモニタリングして勝つ確率を上げていくことです」

ls_main4

データは、スポーツのセオリーを変える

―今後、スポーツにおけるデータ分析はどう進歩していくのでしょう?

「今、わたしはラグビー男子セブンズ日本代表のアナリストを担当していますが、この競技においてデータ収集、分析、アウトプットはものすごくスピードが求められます。というのも、通常の15人制と違って7人制は、1日に2、3試合を行うこともありますので、試合の合間に、次の対戦相手の分析データと、今行われた試合における分析データに違いがないかを見極め、コーチ陣に何を伝えなければいけないかを瞬時に判断しなければいけません。ですので、それをいかに速く正確にできるかというのが課題になっています。その点でいうと、AIはすごく注目しています。

AIは同じスポーツアナリストの業界内でも注目されていて、サッカーやバレーボールではテストを始めています。現場で打ち込んだデータをAIが読み込み、効果的かつビジュアル的にも見やすいデータを創出してくる。ただ、すべてコントロールされてしまうと危険なので、AIのデータをどれくらい信用して、どのように使っていくかをしっかり我々アナリストが判断しなければいけません。うまく活用できれば、自分が入力しなくてもAIが分析してくれて、細かな部分をアナリストが修正する。試合が終わった時には全データと分析が取れていて、すぐに必要なものに見える化をして、より速く正確に選手、コーチ陣に勝つための情報をフィードバックできる。だから今後、AIはスポーツのデータ分析にとってどんどん重要になっていくと思います。

データ分析がさらに進めば、選手交代のタイミングも変わっていくのかなと思います。今は、コーチ陣の経験や直感、「あいつ今、走れてないな」といった見た目の印象で判断している場合もあります。ラグビーは、残り20分で選手を交代させるのがセオリーです。ですが、自分は本当に20分でいいのか、というのも疑問に思っています。データ統計上、本当は30分の方が良かったり、もしくは残り5分前に一気に変えて叩き込む方がよかったりなど。こういった選手交代しかり、今までスポーツ界のセオリーだったものが、データ分析で変わってくるのではないかと思っています。そういう意味では本当に楽しみですね」

―最後に、中島さんにとっての「仕事の七つ道具」を教えてください。

「パソコン、スポーツコード、映像、ドローン、スマートフォン。それとアナログですけどノートとペンですね。また、恩師である古川監督から大学時代に『ラグビーを知らない人にラグビーとはどういうものなのか、研究で何が分かったのか、それがきちんと伝わるようにしなさい』と言われて、ラグビーの魅力を伝えるのにはどうするべきなのかということをよく考えたことが今に生きています」


中島正太

5歳からラグビーを始め、大学卒業まで競技を続けた後、2008年よりセコムラガッツにてアナリストのキャリアをスタート。その後、キヤノンイーグルス所属を経て、2012年エディー・ジョーンズHC率いる15人制ラグビー日本代表アナリストに就任し、ラグビーワールドカップ2015では、ワールドラグビーランキング3位(当時)の南アフリカ代表から逆転勝利をし“史上最大の番狂わせ”に貢献。同年、五輪競技のラグビー男子セブンズ日本代表アナリストに。リオデジャネイロでの目標は、もちろんメダルをとること。


PHOTO BY SHOTA MATSUMOTO
TEXT & EDITING BY SHUNYA HORII