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Life Shift

2016.07.08

保育士は「子どもの保育だけ」と思うなかれ、親と社会を幸せにするファシリテーターだった

専門職から既成概念を取り除くとなにが生まれるのか。企業や行政とコラボレートし商品やサービスを次々と世の中に生み出す、保育士の二人の女性がいる。合同会社こどもみらい探求社の共同代表、小竹めぐみ氏と小笠原舞氏である。今では二人の持つスキルを求めて、企業や行政からのオファーが絶えないという。保育士というと「子どもの保育を専門とする職業」という見方が一般的だが、ひとたび視点を変えると大人社会にも広く通用する技術を持った職業でもあったのだ。

想いが先。明確なビジネスプランはなかった

世間では待機児童問題や夫婦間の愛が減るといわれる産前産後のクライシス、イクメンなどのキーワードが流通し、育児に関する注目が集まっている。保育園に勤めていた小笠原舞氏は保育士としてのやりがいを感じながらも、園の中だけでしか保育士の専門性が活かされないのがもったいないと感じ始めていた。「保育士としてもっと多くの人に伝えられることはあるのでは」と考えるもチャンスがなく行動に移せていなかったという。

転機が訪れたのは同じく保育士であった小竹めぐみ氏との出会いだった。同じ想いを抱いていた二人は勤めていた園を飛び出し、明確なビジネスプランもないまま起業。見切り発車で進みだしたが、今では企業から多くの仕事が舞い込み、今年で設立3年目を迎える。一見無謀に思えるが、プランがないからこそ企業から受ける多種多様な依頼に対応することができたという。「活動を続けていくうちに、保育士のスキルや経験がここまで社会を豊かにできるものなのかとさらに可能性に気付かされました」と小笠原氏は話す。

これまで保育士向けに玩具の新しい使い方を提案する「あそびずかん」や、子役オーディション現場の設計運営、子連れのためのシェアオフィスの空間設計アドバイスや教育プログラムの開発、大阪・天王寺区とコラボレーションした「子育て情報博覧会」など、企業や行政が持つ強みに、保育士のスキルや経験をかけ合わせて新しい商品・サービスを世の中に生み出してきた。

「保育士として培ってきたスキルの中で、最も強みになったのはファシリテーション能力」だと小竹氏は言う。イベントやセミナーではもちろんのこと、企画提案の際にも場の空気を読みながら臨機応変に対応し目的へ向けてプロジェクトを進めてきた。ではなぜ、保育士がファシリテーションに長けているのか。「その秘密はクラス運営にある」と小笠原氏は説く。

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気がつくと毎日がファシリテーションだった

保育園では「クラス運営」が重要な業務である。小笠原氏は「子どもを元気に、安全に保育することはもちろんだが、『いかに学びをおこすか』を常に考えながらクラス運営に取り組むよう心がけていた」と語る。

子どもは自由である。突然泣いたり、ケンカが始まったり、どこからか物を拾ってきたり――保育士は常に子どもを観察しながら臨機応変に対応しなくてはならない。それも同時にいくつも起こり、命を預かっているがゆえに後回しにすることもできず、瞬時に的確な判断をしなければならない。さらに悩ませられるのは子どもたちとのコミュニケーション。大人であれば「痛い」「気持ち悪い」と一言で通じることが、まだ話すこともままならない子ども相手では簡単にいかない。保育士とは日々起こるハプニングを解決し、子どもたちへ「学び」を与える、言わばファシリテーションのプロフェッショナルだ。

小竹氏は言う。「クライアントから『ファシリテーションをどこで学んだの』とよく聞かれるんです。私たちは特別な教育を受けたわけでもなく、勉強したわけでもありません。場の空気を読めたり、一度に色々な発言を拾えたりというスキル。『周りを立たせて自分たちが引き出す』というスタンス。すべて保育の現場で子どもたちから教わったことです」

子どもや保護者、地域との対話のなかで育ったコミュニケーション能力。クラス運営のなかで培われた対応力、観察力、非言語コミュニケーション能力。保育士としてのスキルは、すべてがファシリテーション能力を構成する要素となっていた。

大事なのは保護者と保育者という役割を越えた、人間対人間の関わり

こどもみらい探求社では、企業や行政とのコラボレーションだけでなく、「おやこ保育園」と「ほうかご保育園」という、既存とは異なる保育園を運営している。おやこ保育園はその名の通り、親子で通う保育園だが園舎というハードはもたない。公園や企業の会議室、時にはお寺など、毎回約10家族限定で定期的に開催している。

「保育士は子どもがいればどこでも保育可能な持ち運べる職業です。『この時代の人たちはどこに集まるのか』を考え、ニーズに合わせた場所に私たちが行けばいい。園舎がなければ保育ができないわけでも、保護者との関係性を持てないわけでもないのです。今の状況を冷静に見極めて、フレキシブルなシステムにすることで、持続可能なサービスになると思っています」と、二人は語る。

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おやこ保育園では、夫婦間の問題や近所付き合いなど子育てを取り巻く人間関係の相談をよく受けるという。「既存の保育現場ではあまりないことです。担任の先生が1年で替わったり、そもそも年齢が若かったりと、プライペートまで入り込めるほどの信頼関係は構築しづらいのでしょう」と、小竹氏は推測する。

ここでは、保護者も保育士も本人が呼ばれたい名前で呼び合うように心がけているという。「○○ちゃんのママ」のように子ども中心ではなく、保護者とも1対1の人間関係を結んでいくためだ。すると卒園のころには「まるで親族のように信頼しあえる仲間が出来た」「自分が本音で話せる場所がなかったことに気づいた」という声を多く聞くという。「誰でも悩みを抱えているものです。子育てのほかに、夫婦との関係だったり、お金の悩みだったりと親や友人に相談しにくいことも実は多いのです。そこで同じような環境や悩みを持った人たちが集まり、じっくりと場を熟成させていくことで少しずつ打ち解けていくのです」と、二人は語る。

本音を話せる場作りは、ほうかご保育園でも進んでいる。ほうかご保育園はインターネット上で運営されていて、オフラインは月1回の登園日のみ。その他は「一問一答の育児相談」「好きな絵本紹介」などのやりとりがインターネット上で行われている。2015年12月にオープンし、現在40名ほどの登録者がいるが、むやみに人数を増やすことはしていない。「登録者同士の横のつながり」を重視しているからである。

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保育士のスキルで、子どもだけでなく大人も幸せに

保育士や保育士を目指す学生にレクチャーを行う機会が多いという二人は、今の保育現場や社会をどうみているのだろうか。

「待機児童の問題と絡めて保育士の賃金問題にも注目が集まっています。行政による改善ももちろん大切ですが、保育士たちが動いていくという選択肢もまだまだあると感じています。教育現場で働く人は強い想いを持っている反面、保育園の外の社会がどうなっているのかはわからない人が多い。園の中に留まるのではく、園の外に積極的に飛び出して活動していくことも選択肢の一つです。こんなにもできることがあるのですから」

二人は子どもの世界と大人の社会の架け橋となり、子どもも大人も尊重し合える社会を願っている。”子どもだから”言うこと聞きなさい、”子どもだから”わからないだろう、という“大人”の視点を外して一人の人間として接していくことで、子どもとともに親も成長していけるのだという。「子どもは大人が思っているよりも、多くのことを感じ取っているし、理解しています」と小笠原氏。

おやこ保育園では保育士の資格がなくとも保育に関われる「おやこパートナー制度」を設けている。参加者は弁護士、客室乗務員、公務員、学生と多種多様だ。条件はひとつ、「自分らしくいること」だけだ。「自分らしくいること」が仕事になると自分を振り返るきっかけとなる。

これまで社会が気づいてこなかった保育のスキル。二人の活動が子どもや親だけでなく、保育の常識を変えようとしている。これから二人のような新しい保育士のかたちが生まれてくることで、多くの保育士が救われ、親子の住みやすい社会へと変わっていくことだろう。


小竹めぐみ

合同会社こどもみらい探求社共同代表、NPO法人オトナノセナカ代表理事/保育士をする傍ら家族の多様性を学ぶため、世界の家々を巡る女1人旅を重ねる。特に砂漠とアマゾン川の暮らしにヒントを得て、子どもがよりよく育つための“環境づくり”を生業にしようと決意する。独立後は、NPO法人オトナノセナカ代表としての顔も持ち、全国各地を飛び回っている。人の持つ、凸凹(ちがい)を大切にしている。


小笠原舞

合同会社こどもみらい探求社共同代表、asobi基地代表/20歳で独学にて保育士国家資格を取得し、社会人経験を経て保育現場へ。2012年すべての家族に平等な子育て支援をするために、子育て支援コミュニティ『asobi基地』を立ち上げ、2013年独立。子育ての現場と社会を結ぶ役割を果たすため、子どもに関わる課題の解決を目指して、常に新しいチャレンジを続けている。


TEXT BY TOSHIHARU TODA
PHOTO BY MOEKO ABE
EDITING BY KEISUKE TAJIRI