シェアする

保存する

Life Shift

2016.07.01

人間は生まれながらにして平等ではない。しかしながらテクノロジーが人を平等にする

「技術は人を平等にするのです」。そう明言するのは、「アルテク(現在あるテクノロジー)」で障害を抱えた子どもの大学進学を支援するなど、心理学、工学、教育学を融合したアプローチで先端学際的研究に取り組む東京大学先端科学技術研究センター教授中邑 賢龍氏。「世の中の常識」をテクノロジーで覆してきた中邑氏に、技術の進歩とともに人間はどうなるのか、社会はどうなるのかを聞いた。

障害のある子どもの進学支援で、教育制度の旧弊に開けた風穴

「ディスレクシア(読字障害)」という障害がある。文字は読めても、文章になると言葉が頭に入らなかったり、文章が大小入り乱れ、躍り、ときには文字が動いて見えたりすることもあるという。字は読めるのに書けない「ディスグラフィア(書字障害)」もある。こういった学習障害を含む発達障害は、知的な遅れはないためパッと見ただけでは気づきにくく、小中学校で『できない子』『ダメな子』という烙印を押されてしまうことも少なくない。

「ディスレクシアの子なら、音声読み上げソフトを使う。文字を書けない子は、キーボードで打ち込んだり、黒板をデジタルカメラで写したりすればいい。『DO-IT Japan』で僕たちがやってきたのは、問題を抱える子どもたちに応じて、タブレットやPC、ICレコーダー、デジカメといった『アルテク』の使い方を教え、それらを使える環境を作ることでした」

ls_main05

『DO-IT Japan』の原型は、アメリカ・シアトルのワシントン大学が取り組んでいたプログラム『DO-IT』にある。『DO-IT』とは「Disabilities, Opportunities, Internetworking, and Technologyを意味し、障害のある若者が大学へ進学できるよう、テクノロジーを活用してその準備をサポートするものだ。2007年にその日本版を立ち上げた中邑氏は、全国から障害のある子どもたちを集め、テクノロジーの活用や障害の理解などをテーマに活動を行ってきた。プログラム参加者からは、2009年から毎年大学進学者が出ており、2015年度までに70名の障害のある子どもが大学進学を果たした。現在、中邑氏は運営から離れたが、『DO-IT Japan』はアウトリーチ・プログラムとなって活動を大きく広げている。

「知的な遅れがない発達障害の場合、勉強の支障となっている部分をテクノロジーで補うことができれば、高等教育が受けられる。僕にとって『DO-IT Japan』は、そのエビデンスを蓄積する場でした。日本にイノベーションが生まれなくなりつつあるのはなぜかといえば、知識や技術の活用法を考えられるユニークな才能の持ち主を、つまらない教育制度が潰してきたからです。障害のある子どもに授業や受験でテクノロジーの使用を認めさせるのは、彼らのためにもなり、小さな教育制度改革になる。旧弊を打破する突破口を開いたつもりです」

人間は平等ではない。しかし、平等な場はつくれる

中邑氏の研究や活動の原動力は何かと問うと、意外な答えが返ってきた。
「怒りですよ。世の中に対する怒りが、僕のエネルギーです。目の前に当たり前の事さえ叶えられない人がいっぱいいる。それが腹立たしい。そもそも人間は平等だなんて言う人もいますが、そんなことはないですよ」

中邑氏の原点は、大学院時代にさかのぼる。ある日、教授に重症心身障害時施設へ連れて行かれ、「入所している子どもたちを喋れるようにしろ」と命じられた。「あう」といった声しか発声できない重度障害の子どもたちの意思を言葉にするために、わずかな指の動きや声をセンサーで電子信号に変換するタイプライターを作ろうと思った。ただ、まだマイクロコンピュータが登場したばかりのころ。文献も少なく、コンピュータの性能も低く、時間がかかりそうだった。

「そこで、簡単にできる野球ゲームを作ったのです。『あ』と声を出せば、バットが動いて球を打つというものです。施設のみんなが、それにはまった。何度も何度も、一緒にゲームをしました。ある日、僕は彼らに聞いたんですよ。『何がそんなに面白いの?』と。その中の一人が教えてくれました。『このゲームでは、僕らとあなたが対等だからです』。なるほどな、と思いました。ゲーム中は、彼らも『あ』僕も『あ』しか言わない。しかも勝負で彼らが勝つこともある。技術は、人を平等にできるんです」

ls_main01

そんな中邑氏は、発達障害を病気ではなく、性格特性や認知特性の偏りだと考えている。なぜなら、昔から読み書きできない子どもは一定数いたが、そういう子どもは読み書きを必要としない仕事に就いていた。ところが産業構造が変わり、読み書きやコミュニケーションに依存する仕事が7割を占めるようになったため、そこで不適合を起こす子どもの存在が顕在化し、社会問題になっただけではないかというのだ。

「僕の研究室には、普通の会社では働けない若者が大勢アルバイトをしています。彼らに仕事を辞めた理由を聞くと、無断欠勤をしたのだという。朝、熱があるのに会社へ電話できなかったというんです。メールじゃ、ダメなんですね。まだ世の中の8割は電話をするのが常識だと考えている。でも、もしもメール連絡でよかったら、彼らは会社を辞めずに済んだ。そうやって意識や常識を変えていく方向に、世の中はドライブしていかなくてはいけないと思います。テクノロジーがいくら進歩しても、人の意識が変わらなくては、技術はまったく生かされないことになりかねない」

医療・福祉分野におけるパラダイムシフト

中邑氏が発達障害を否定する理由は、もうひとつある。「発達障害」という診断が下されることで、医療や福祉の領域とされて治療や訓練が行われるが、内向的な性格の人が外交的になれないように、性格特性や偏重特性を治療や矯正しようとしても、大きな成果は出にくい。できないことをできるようにさせようと無理やり訓練させた挙句に、「がんばったけどできなかったね」で終わらせられている現実に、やはり怒りを覚えるようだ。

「結局、当人にとっては『できないまま』なのです。あんまりですよ。僕はね、あまりいい言葉ではありませんが、問題を解決するには、結局お金やモノ――仕組み、テクノロジーが重要なんだと考えています。愛だとか、根性とか、優しさとかは、何の問題解決ももたらさない。そういう意味では、医療・福祉と工学とは、あまり相性がよくない。場合によっては敵対していることもある」

ただ、最近おもしろい動きも生まれているという。理化学研究所の網膜再生医療研究開発プロジェクトが成功させた世界初のiPS細胞網膜移植は、経過は順調なものの、視力低下が大きく回復するわけではない。患者のなかにはがっかりする人もいるという。

「でも、矯正視力で0.1あれば、タブレットで新聞を読むことはできる。最先端技術と『アルテク』を融合させる、ハイブリッドです。こういったパラダイムシフトが起こり始めると、テクノロジーは医療や福祉の分野でもっとメジャーになっていくかもしれません。今までの常識の枠にとらわれない組み合わせが、困っている患者を救える可能性がある」

ls_main02

誰も孤立しない社会を築くために

中邑氏の拠点は、かつて東京大学航空研究所の風洞実験施設だった東京大学駒場キャンパス1号館。1930年代に生まれたレンガ造りの戦前の建物に足を踏み入れると、ひんやりとした空気に包まれる。ここで、中邑氏は現在いくつものユニークなプロジェクトを推進している。自由な発想でイノベーティブな商品を開発するための教育プログラム『凹(ボコ)デザイン塾』や、不登校児など学校生活に不適合を生じた子どもたちを集めた異彩発掘プロジェクト『ROCKET』だ。

ls_main06

「僕は、知識なんてどうでもいいと思っているんですよ。大切なのは、知識やテクノロジーをどう活用するかということ。そういった社会的な問題提起を、僕は自分が携わる一連のプロジェクトを通じてしているつもりです。技術者や開発者は、ただモノや仕組みを作っていればいいという時代は終わりました。それらがどう使われるのか、社会を変えるのかを、真剣に考えなくてはいけません」

テクノロジーは、人を平等にする。その言葉には、胸を打たれる。ただ、無意識にテクノロジーにおぼれていると、やがて人は何もできなくなるだろう。テクノロジーによる自動化への流れは、おそらく止まらない。人の意思に関係なく、物事が動き、処理されていくようになったとき、私たちはどうなるのか。

「テクノロジーの進歩により、生きづらかった人たちにとって少しだけ生きやすい社会になったと思います。ただ一方で、このままテクノロジーが自動化という方向に進むのならば、私たちは少し慎重にならなければいけません。簡単、安全、使いやすいといったテクノロジーの世界に浸ってしまうと、危険を遠ざけたい、不安定な人とは関わりあいたくないという意識が、必ず芽生えてしまう。つまり生きづらかった人々が、再び行き場を失いかねない」

世の中の常識を打ち破ってきた中邑氏が、言う。テクノロジーが、人の意識を大きく変容させてしまうのは恐ろしいことだ、と。

「誰をも、孤立させてはいけないのです。救わなければならない。そういった社会を作るには、もっと広い視点でテクノロジーを捉えられる人材が不可欠です。僕はプロジェクトを通じて問題提起をしながら、社会学、心理学、教育学といった学際的な観点で物事を捉えられる技術者や開発者を、命ある限り育てていきたい」

ls_main04


中邑 賢龍(なかむら けんりゅう)

1956年生まれ。東京大学先端科学技術研究センター教授。人間支援工学が専門。広島大学大学院教育学研究科博士課程後期単位修得退学後、香川大学教育学部助教授、米カンザス大・ウィスコンシン大学客員研究員、ダンディ大学客員研究員を経て、08年より現職。心理学・工学・教育学・リハビリテーション学だけでなくデザインや芸術などの観点からの、学際的、社会活動型アプローチによりバリアフリー社会の実現を目指している。


TEXT BY SHINOBU SAKURAI
PHOTO BY TORAZO YAGI