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Life Shift

2016.05.20

たった住民一人の人工島が世界のハブに!? 東京発のアートファクトリー化計画

2016年3月、クラウドファンディングスタートから一週間という驚異の早さで160万円を超え、目標金額の80%に達したプロジェクトがある(5月現在、100%を達成)。鉄工所をクリエイティブハブとして再利用する開発プロジェクト「BUCKLE KOBO(バックルコーボー)」だ。東京都大田区にある「京浜島」という湾岸エリアの閑散とした鉄工所が、アーティストたちの制作拠点となるオープンなアートファクトリーに生まれ変わろうとしている。そこを発端として、新たな文化発信を拡げ国内外のアーティストを呼び込み、いずれは東京の湾岸地域を世界的なアート拠点にしていく……。その未来を描く仕掛け人が、寺田倉庫アート事業部の伊藤悠氏と、アーティストの松下徹氏。2人にこれからの展望を聞いた。

地方でつくられ、東京で消費されることが非効率

「東京最後のフロンティア」

この言葉を聞いて、興奮しない人はいないのではないだろうか。まさか東京にそんな場所があるとは、誰も考えなかったに違いない。 羽田空港にほど近い、大田区京浜島。1986年に工業用地として竣工された人口島で、大きさは周囲4kmほど。物流センターや鉄鋼・電機・金属などの工場が立ち並ぶ。住民は登記上、たった1人。夜ともなれば静まり返り、飛行機の音だけが響き渡る。そこに、ひとつの寂れた鉄工所があった。

「ここを見たときに、『アートファクトリーにしよう』とアイデアが浮かびました」と話してくれたのは寺田倉庫アート事業企画プロジェクトの伊藤悠氏。

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寺田倉庫は「モノの保管」から、そのスペースをいかしたアート事業を展開するなど、いわゆる「倉庫業」という枠組みを超えた取り組みをしている。ギャラリーを運営し、アーティストらとの交流を深め、モノを保存・保管しながら、文化を継承していくということも、寺田倉庫が担う使命だと考えている。

「過疎化した東京の人工島。無機質な鉄工所。でもこの場所に立つだけで次から次へとインスピレーションがあふれてくる。アーティストにとってはまたとないおもしろい空間に違いないと直感しました。そこでアーティストを連れて行ってみることにしたんです」(伊藤氏)

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その一人であるアーティストの松下氏もここを見て、「アーティストの可能性が広がる場所」だと直感した。
「東京には、家賃やスペースの問題からアーティストが使える場所がなかなかなくて。僕は茨城県取手市から、さらに車で30分くらいのところにアトリエを4、5人で借りています。制作している間はずっとアトリエにいるので、東京にいないことが多い。東京って実は中型〜大型の作品を作るアーティストがいない空白地帯なんです。作品は東京に集まるけれど、東京では作られていないのが現状です」(松下氏)

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職人たちとともに京浜島を文化の発信地に

アーティストの文化的拠点といえば、ニューヨークの「SOHO」や「DUMBO」、ロンドンの「EAST END」、あるいは北京の「798地区」などが思い浮かぶように、世界の都市では⼯場地帯をアーティスト自らが開拓し、そこにアトリエやギャラリーを構えながら文化の発信地にしてきた歴史がある。

一方、同じく世界的な都市である東京はといえば、そのような文化的拠点は皆無に等しい。そんな東京のアーティストたちにとって、待望となる活動拠点が、「BUCKLE KOBO」なのだ。

取材当日、松下氏の紹介でここを知ったというストリートアーティストのTENGA one氏がBUCKLE KOBOの下見に訪れていた。

「彼は街のなかで壁画を描くアーティストなんですが、スタジオを持っていません。展示をやろうにも、自宅では大きいものが描けない。だからテストとして、彼にこの場所を使ってもらっておうと考えています。僕らが技術をサポートことで、一人じゃできない制作もできる。彼にとっても、ここを使って制作することは、いままでにないチャレンジだと思います」(松下氏)

アーティストだけでない、ジャンルを超えた人たちが作る“工場”を目指す

実はもう一人、この鉄工所の一角を昔から使い続けている人物がいる。旋盤工の職人だ。

「大田区は、もともと職人の街。一点もののプロトタイプを作るような職人が多数いて、世界に誇る技術を持つような工場もある。そういう職人たちと一緒に何か制作できたりしたらいいなと思っています。昔、この場所を一時期、仏像の修復師が使っていたこともあるそうなんです。ここは、ものづくりをする人が自然と集まる場所なのかもしれません。ものづくりという共通性は、鉄工所もアーティストも一緒。デザイナーや建築家、個人的にものづくりをしている人たちも、この地域を中心にして活動していけるようになったら。その最初のきっかけが、ここ『BUCKLE KOBO』なんです」(伊藤氏)

大田区観光協会は昨年、「おおたオープンファクトリー」というイベントを開催。20社もの工場を一般に開放し、見学や体験ができるツアーを行った。大田区の中小企業で培われてきた技術をどう伝えていくか。その課題はまさに、京浜島の「BUCKLE KOBO」も同じ。「一点モノの価値」や「ものづくりの文化」を生み出し、世界にどう発信していくのか。

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現在、大田区にはこの他にも空き工場が数多く点在しており、その活用に何かアイデアはないかと模索していたという。ならば、そうした場所をさらに借り上げ、アーティストたちの制作拠点にできれば、大田区が今よりも広範な「ものづくりの街」に生まれ変わっていくかもしれない。このプロジェクトを区に話すと「まさに取り組みたかった事業だったんです」と、もっと大きなプロジェクトへと発展していこうとしている。そんな可能性を秘めた湾岸エリアを「『クリエイティブの工場』にしていきたい」と話す松下氏。東京が今よりもっとおもしろい街になるために、区をはじめ、企業、アーティストが一丸となって動き出そうとしている。

「国外だと工場地帯にアーティストが住み始めて、町全体が変わっていく現象があるのに、日本でなかなかそれがうまくいっていない。だけど、企業の力があればそれができるかもしれない。不動産事業をやっている寺田倉庫がバックにいるのは最大の強みだと考えています」(伊藤氏)

いま作ろうとしている「BUCKLE KOBO」は、シェアできる制作アトリエとして、工作機械を使えたり、火や音が出る作業など、なかなか都内ではできないような作業ができる。 「『アートファクトリー』という名を使ったのは、アンディ・ウォーホルのスタジオ『シルバーファクトリー』から。そこには、カメラマンもいれば、アーティストや科学者、モデルもいた。そんなふうに、アーティストだけじゃなくて、いろんなタイプの人が集まって、新しい動きが生まれていくような場所になればいいなと思っています」(伊藤氏)

アートに限らず、クリエイティブやものづくりにかかわる人すべてに門戸が開かれている。それは「クラウドファンディング」という手法を選んだことにも理由がある。

「より多くの人に参加してもらうきっかけを作りたかったんです。クラウドファンディングによって広く告知することもできましたし、興味をもってもらえるきっかけになりました。募集ページを見た映像作家の方が完成するまでのドキュメンタリーを撮りたいと名乗り出てくれたりも。自分がこの計画にどう関わることができるかを自主的に考えて、提案してくださる人が多くて、それは私が一番願っていたことでもありました」(伊藤氏)

完成が目的ではない。企画段階からさまざまな人に加わってもらい、参加できるようにオープンにする。「クラウドファンディング」は、単なるお金を集めるためだけのシステムではなく、「人とのつながりを作るきっかけ」だと伊藤氏は話す。

「ある企業が100万円も出資してくださったんです。その方はバイオエネルギー工場を経営されていて、自身もギャラリーを持っている方。このプロジェクトに共感してくれて、自分も何かかかわりたかったと言ってくれています。オープニングでライブパフォーマンスしたいというアーティストの方もいたり、人それぞれの関わり方で参加してほしい」(伊藤氏)

まずは、6月にオープン。「最低限の機材があって、作る人がいれば、それだけでいい」と松下氏。たくさんの人でシェアする場所だからこそ、いろんなアイデアを持っている人がきっと集まってくる。そのため、できるだけ可能性を広げておいたほうがいいと、あえて手を入れず、そのまま残しておくという。

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取材当日もプロジェクトを聞きつけた作家たちが訪れていた。「この島は夜には人がいなくから、都内では難しい爆音のイベントができそう」と、楽しげな様子。

過疎化した東京の人工島が世界のハブになる日

アートファクトリーをまずスタートさせ、そこを拠点にするアーティストたちための宿泊所や飲食店も次第に必要になってくるだろう。そうやって、少しずつ街がつくられていくかもしれない。ディベロッパーが大規模に街を開発するのではなく、人から始まる街づくり。

「まずは、人の流れを作ること。いろんな人が集まることで予測がつかないことが起こるだろうし、自分の想像のつかないことがこの場所で生まれてほしい。アーティストならではのアイデアを活かしながら、みんなで作っていきたいですね。最終的には、ものづくりを継承していく場所でありながら、国際的なハブとして世界中の人が集まる場所にしたいです。羽田空港のすぐそばという立地を活かして、世界中のアーティストと連携して、国際的な文化交流ができたらと考えています」(伊藤氏)

いまは、いろんな可能性が広がる場所を見つけたところ。そこからどうなっていくのかはまったくの未知数。この場所から、東京の湾岸エリアが少しずつ変わっていくかもしれない。そんな近しい未来に、あなたもいますぐ参加してみてはどうだろう。


伊藤 悠

アイランドジャパン株式会社 代表取締役。ギャラリーの経営、アーティストのマネジメントから、六本木アートナイトや寺田倉庫 アート事業プロジェクトなど外部企画のコーディネートやプラニングなど、アートと社会を橋渡しする活動をおこなう。


松下 徹

アーティスト。街の寂れてひび割れた壁や日本の茶碗における貫入など、人工物の表面にあらわれる自然な現象に関心をもつ。スプレーを使って描くことでそれらの現象と、わずかに表れる身体性や主観的な表現を同居させ、自らの作意性をも越えた表現を追求している。また、自らの作品制作だけでなく、グループ展の企画、本プロジェクトの発起人の1人として活動するなど活動の幅を広げている。


TEXT BY KAYO YABUSHITA
PHOTO BY MAIKO KOBAYASHI
EDITING BY KEISUKE TAJIRI