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Life Shift

2016.03.22

Instagram発の写真家 保井崇志が語る、インターネット時代ならではの発信力

インターネットによって、私たちは簡単に世界に向け発信することが可能になった。自ら発信することで、才能を持つ人はその価値を世に問うことが容易になったともいえるだろう。京都を中心に活動する写真家 保井崇志氏も、インターネットでその才能を示した1人だ。Instagramで8万人以上のフォロワーを持ち、The Daily Mail、HYPEBEASTなど世界中のメディアから注目を集める一方、自らウェブメディア『RECO』を立ち上げ運営する保井氏にウェブ時代の発信力を問う。

世界とのつながりを認識したInstagram

2010年にスタートした写真共有SNS「Instagram」。2012年にはFacebook傘下となり、現在では4億人以上ものユーザーを抱える一大プラットフォームで、近年日本でも急激にユーザーが増え注目を集めている。保井氏は2012年よりInstagramを使いはじめたが、当初は趣味の1つにすぎず、世界に向けて発信しているという意識もあまりなかったなかったという。

「もともとはクリエイティブとは無縁の仕事をしていまして、写真は完全に趣味として撮っていました。写真をはじめたきっかけは、5年くらい前にめいっ子が生まれて、家族の写真を撮りたいというごく一般的なものです。ブログみたいなものもやっていたんですが、なんとなく写真を出したいな程度で、全然アクセスとかもなくライフログ的な感じでした。当時は作品というよりは、記録としての写真に魅力を感じていました」

そんな保井氏に大きな影響を与えたのが他でもないInstagramだった。それまでブログなどで見ていた国内の写真だけではなく、Instagramには世界中の写真が集まる。世界中の人が、有名な都市から名前も知らないような国まで、町並みや、大自然の写真を投稿している。それらを見ることに夢中になっていったという。その中でも特にコンセプトを決めて発信している人の写真に興味をひかれていく。

「例えば建物と空が1:1という構図だけで作品を投稿している人や、ニューヨークの街中でバレリーナを撮るというコンセプトで投稿している人がいるんです。そういう、純粋な楽しみのためにコンセプトを持って発信していることに面白さを感じました。そこから、自分はどんな風に写真を発信していこうかみたいな発想を持ちはじめましたね。またもう1つ影響を受けたのが、タイムリーな反応でした。今でも覚えているのですが、Instagramをはじめた当初写真を公開してすぐに10人くらい全然知らない国の人がLikeしてくれたんです。驚いたのと同時に、見てくれる人がいるという意識を明確に持ちました。これをきっかけに、どうすれば見てくれている人が喜んでくれるかということを考え始めました」

そこから保井氏の写真の撮り方・見せ方が徐々に変わっていく。

「まず、コンセプトを決めて写真を撮るようになりました。そして、その写真の見せ方にもこだわりました。Instagramのプロフィールページでは、当時4×4=16枚の写真が表示されていました。プロフィールをみたときに並んでいる16枚の写真からこの人はこういう風に写真を撮っているんだというのがわかるんですね。そのバランスを考えるようになりました。また、当時はフォローボタンがプロフィール画面内にしかありませんでした。1枚写真をみて、フォローしようとしてプロフィールにいくと、あれ、この1枚だけ? みたいなことがあるんです。そうならないように、プロフィールをみればその人の考えが伝わるような統一感があり、フォローにも繋がることを意識しました」

そこから保井氏のフォロワー数は増え始めていく。Instagramの日本公式アカウントにフィーチャーされたりすることでその勢いは増し、国内外のInstagramユーザーとのコネクションも広がっていった。戦略的にフォロワーを増やしていったように思えるが、保井氏にとってはあくまでゲーム感覚に近いもので、楽しみながらフォロワーを増やしていったという。そんななか、保井氏にとってもう1つの転機が訪れる。人と会いはじめたことだ。SNSであるInstagramは、人と人のつながりが生まれやすい。そこで出会ったInstagramユーザーと写真について議論したり、一緒に写真を撮りに行ったり、技術をシェアしたりと、リアルでのコミュニティも徐々に広がっていったのだ。

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自分の強みを活かすため、既存のルートは選ばない

こうした活動のなかで、写真を撮ることが保井氏の中で大きな部分を占めていく。これを仕事にできたら楽しいんじゃないだろうか。そんな思いから、2015年にフリーランスの写真家として活動することとなる。

「35歳っていうのはこの後の人生を決定づけるタイミングだと思ったんです。そこで1回だけチャレンジしてみようと考え、1年間という期間を決めて、2015年1月1日にフリーランスの写真家として活動をはじめました」

とはいえ、普通写真家になりたいと考えるとスタジオに入ったり、写真家に師事したり、学校に行ったりというのが一般的だ。そうではなく、あえていきなりフリーランスという道を保井氏は選ぶ。

「スタジオとかは、師匠のもとで修行するというラインがしっかりあるイメージでした。元々そのライン上にいないので、いまからそのラインに入っても意味がないんじゃないかと思ったんです。自分はInstagramとかウェブ上で活動を始めた人間でしたし、発信力もつきはじめていたので、そこの強みを活かすには既存の写真家のルートとは別で行くしかないと考えました。

そこで強みを活かしていくには、世界中の人がわかりやすいコンセプトが必要だなと考えました。国内と海外ではやっぱりリーチする数が違いますし、写真自体がそもそも非言語でリーチできるものなので最初から海外を狙いました。そんななかでみつけたのが海外の人にもささる京都でした。プロフィールを『Photographer in Kyoto』に変えて、ひたすら京都に通い続けました。雨が降ったら京都に行って、桜が咲いたら京都に行って。意図を持って京都の写真を公開し続けたんです。それが春くらいからですかね。京都の写真を撮り始めてから、コンセプトのわかりやすさからフォロワーが増えていき、9月に海外のメディアに取り上げていただいたことで、大きく道が開けました」

昨年秋、保井氏の写真は海外メディアを中心にあちこちで取り上げられることとなる。まさにPhotographer in Kyotoと銘打ったことが功を奏し、京都を美しく表現する写真家として知られることとなるのだ。イギリスの『The Daily Mail』やイタリアの『La Repubblica』といった新聞社から、『HYPEBEAST』『Bored Panda』といった大手ウェブメディアなど、国を問わず様々な海外ウェブメディアで紹介された。ただ、これら海外メディアでのフィーチャーは、写真をひたすら撮り続ける努力だけで実現したものではないと保井氏は語る。

「いまだからお話しすると、海外に向けて結構アプローチしていたんです。『Kyoto Blog Travel』といったキーワードで検索して、ヒットする個人ブログやメディアのお問い合わせのところから、ブログで記事にしてもらえませんか? とメールを送っていました。もちろん無視されることもあるんですが、なかにはブログやFacebookページで紹介してくれる人もいました。それが積み重なったことで、メディアをやっている人にひっかかったのかなと。そういう草の根の戦いをしていました」

「正直なところ、海外メディアでフィーチャーされるまではほぼ無収入で活動していた」という保井氏。しかしこの一件で状況は180度変わったという。海外の雑誌や飲食店、アプリなど、媒体を問わず様々なところから写真を使わせて欲しい、売って欲しいという依頼を受けることとなる。また、海外からの観光客を対象にした写真撮影もはじめ、Instagramなどを経由し「日本に行くから撮って欲しい」という依頼を受けている。

現在保井氏は、プリント販売と観光客撮影の2つに加え、企業からの撮影依頼(クライアントワーク)を含めた計3つを収益源の柱にして活動している。クライアントワークではバイクや自動車、有名アーティストの撮影など幅広くおこなっているが、保井氏は仕事を受ける際に気をつけている点が1つあるという。

「シャッターを押してくださいではなく、あなたのクリエイティブを貸してくださいという仕事のみ受けるようにしています。機材の差がなくなり、プロとアマチュアの差が小さくなるなかで、そういう仕事を受けるようにしないと仕事がなくなると思うからです。自分の好きな写真を10年20年やっていきたいと思ったときに、将来のためにならないですから」

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プラットフォームを運営する人というラベル付け

数多くいる写真家のなかで、保井氏が独特といえるのが、ウェブメディアを運営していることだ。

「フリーランスになる前年の夏くらいから、メディアをやったらいいんじゃないかと考えはじめました。コミュニティをInstagram以外に持てたらいいんじゃないかと。それが今の『RECO』につながっているんです。メディアを始めるにあたっては自分の経験がもとになっています。写真がちょっと撮れるようになってくると、もっと写真で色々やりたくなる時期がくるんですよ。そういう層に向けてのコンテンツを発信しています。写真の情報を知りたい人、発信したい人、その写真をみたい人が集まるコミュニティを目指しています。またRECOをやることで、写真というコンテンツをつくる人としてだけでなく、メディアというプラットフォームを運営する人としても認知してもらうことができます。そういう普通の人とは違う動きをするという”ラベル付け”のためにやっている部分もありますね」

このRECOの特徴は写真のメディアでありながら文章とセットで記事が構成されていることだ。普通写真メディアであれば写真が次から次へと流れる、Instagramのようなフォーマットがイメージしやすいだろう。それに対してRECOは、画像と文章がセットになってはじめて記事として成立する。なぜ写真のメディアでありながらこういったフォーマットになったのか。そこにも、やはりInstagramの影響があった。

「フローでなくストックする環境を作りたかったからです。Instagramは写真がフロー情報として流れていってしまうんです。例えば自分がどれだけ頑張って撮った写真でも半年前に公開した写真がいま見られることってほぼないんです。でも、『RECO』のように写真を記事として発信することでストックになり、検索やSNSなどから流入してその記事を書いた人も知られるし、記事からInstagramにも流入します。また、『RECO』では記事を書いてもらう人も絞っています。ある程度1-2年写真を撮っていて、かつInstagram上でこだわりを持ってアウトプットしている人です。その人たちに、ペルソナと一緒に写真を撮りに行ったらどんな話をするか、といったことを書いてもらっています。

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発信力とはなにか

Instagramで活動をはじめ、ウェブメディアによって人気を博し、自身でもウェブメディアの運営をおこなう保井氏。彼の写真家としての活動には今の時代ならではの発信方法に対する示唆を含んでいるだろう。保井氏の場合は『競争しないために普通の人と違う動きをする』ことと『自分の強みを活かせる場所を探す』ことをおこなっており、それが『RECO』であり『京都』だったのだ。

インターネットによって発信することのハードルが下がった一方、多くの情報の中で埋もれていってしまう可能性も含むいま、自分の立ち位置・強みを考え、競争ではない選択肢を探すことが求められるようになってきているのではないだろうか。

保井 崇志

2010年から本格的に写真に取組みはじめ、Instagramとの出会いから国内外のフォトグラファーと様々な交流を重ねる。2015年1月 フリーランスフォトグラファーとして活動を開始。Instagramを通じての企業案件やアーティストの撮影など、新しいフォトグラファー像を追求している。写真をもっと楽しくするメディア「RECO」運営。