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Life Shift

2016.02.19

人工クモの糸で地球規模課題を解決へ 気鋭のスタートアップ創業者が語る、福沢諭吉を継ぐ人生哲学

クモの糸で、世界一強靭でしなやかな新素材を実用化するーー。2007年に創業し、山形県鶴岡市に本社を置くベンチャー企業、スパイバーはそんな夢のようなテクノロジーの実現に取り組んでいる。起業から8年、すでに人工クモ糸繊維の量産準備が整い、今年中に大手衣料品メーカーのゴールドウィンと共同で、人工クモ糸繊維を使ったパーカーの販売を始める計画。誰もが成し得なかった最先端テクノロジーを実用化するという、一見リスキーな事業を軌道に乗せ、いまや飛ぶ鳥を落とす勢いのスパイバーだが、創業者で代表執行役の関山和秀氏は「テクノロジーもビジネスもあくまでも手段。究極の目的は人の幸せの実現です」と言う。スパイバーに懸ける想いを語ってくれた。

人類の課題解決に向けて、人工クモ糸繊維の実用化で起業

重さあたりの強靭さが鋼鉄の340倍という驚異的な性能を誇るクモの糸。スパイバーは、これを人工的に作る新素材の開発を進めている。新素材は衣料品のほか、自動車のボディーや内装、人工血管や溶ける縫合糸など、利用範囲は幅広い。普及すれば市場規模は数千億円以上とされている。

強靭でしなやかなクモの糸が素材として有望なことがわかっていても、これまで実用化した例はなかった。スパイバーの作る人工クモ糸繊維は、遺伝子工学の研究から生まれた。クモの遺伝子を組み込んだ微生物がつくりだすタンパク質から産生するのだ。関山氏は、慶應義塾大学大学院在学中に自らの研究をもとに同級生らとともにスパイバーを起業した。

では、もともと研究者肌か、というとそうではない。父親も祖父も会社経営者。「学位も論文も興味はありませんでした。自分は起業するものと考えていました」と振り返る。幼稚舎から慶應義塾に通う。慶應義塾高校時代から起業を目指し、「事業とは、世の中に対してできるだけ大きな価値を提供し、世の中をよくしていくための手段。どうして戦争がなくならないのだろうか。資源の奪い合いが続くのだろうか。地球人類の課題解決につながる事業を興したい」とかねてより考えていだ。だが、何をテーマにして事業をするのか、考えあぐねていた時に出会ったのが、慶應義塾大学教授で生命科学者であり起業家でもある冨田勝氏だった。

「偶然、大学の学部説明会で冨田さんのプレゼンを聞いて、一発で感化されました。地球規模課題の解決には、バイオテクノロジーがキーになると。自分がやるべきなのはこれだと。バイオをやりたいというスイッチが入り、それしか選択肢がなくなってしまいました」と関山氏は笑う。

思い立ったらすぐに行動に移す。プレゼンを終えた冨田氏を追いかけ、「鞄を持たせてください」と、高校の門から最寄りの日吉駅までついて行った。その後、研究室に話を聞きに行き、さらに決意を固める。それが高校3年生の前期。もともと理系科目は不得意な上、受験をするつもりもなかったのであまり勉強をしていなかった。成績が足りない。それから猛勉強をして合格にこぎつけた。

入学すると、1年生の秋から冨田研究室に入った。「自分は研究者タイプではない。あくまでも世の中を変えるようなシーズを見つけて、事業に結びつけるため」と考えていたが、これなら人生を賭けられると思えるテーマが見つからない。もしかしたら、ハーバード大学やスタンフォード大学に行けば見つかるのではないか? そう考え、推薦状を書いて欲しいと冨田氏に申し出たところ、「自分でシーズをつくってからビジネスをやればいい。お前はそういう奴だと思っていたが、そうじゃなかったのか。人の褌で相撲をとるような奴だったのか」と檄を飛ばされた。

その後は考えを変えて、自ら実験や研究を進めて事業化のテーマ探しに取り組んだ。候補となった研究テーマは、DNA(デオキシリボ核酸)で情報を書き込むシステム、免疫、神経の再生などその数20近く。その中のひとつがクモの糸だった。「成功したときのインパクトがもっとも大きいと感じたから」(関山氏)と、クモの糸の新素材を実現するためにスパイバーを起業した。

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「スパイバーの起業はリスクとは思わなかった」

大学院生が自らの研究をもとに、世界で誰も成功したことがないテクノロジーの実現に向けて起業をするーー。通常なら、リスクを考え怯むこともありそうだが、関山氏は「リスクのあることをやっていると考えたことはありません」とこともなげに言う。「事業計画はロジックを突き詰めて作ってきています。その時点で考えられうる全てを考えて、綿密に計画や戦略を立てています」(関山氏)。

もちろんそれだけではない。もともと起業家が多い大学OBらからのアドバイスも受けている。さらに、これまでに合計146億円もの資金調達に成功し順調に量産体制を整えてきた背景には、事業パートナーや出資者などの多くのステークホルダーとの信頼関係が大きなカギとなっているようだ。

「ファクトがないとステークホルダーの信頼は得られません。私たちには具体的な計画があり、実現したときに世の中に対して大きな価値を生み出せると思っています。それをストイックに追求しています。今一緒にやっているパートナーは、担当者、役員、トップと分け隔てなく信頼関係があります。最後には個人と個人の信頼関係が重要ですが、その関係が築けないと事業はうまくいかないと思っています。パートナーとの隠し事はゼロ。良い関係が築けている人たちとのチームで、今はすごいスピードで事業や共同研究を進められるようになってきました」(関山氏)。

数々のステークホルダーとの信頼関係を強固にして成長してきたスパイバー。その周囲には、彼らを応援し支える人たちが自ずと集まってきているかのようだ。多くの人たちを魅了するスパイバーや関山氏の魅力は何なのだろうか?

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究極的な目標は、人間の幸せの実現

テクノロジーやビジネスの可能性ももちろん魅力のひとつだ。だが、ステークホルダーを惹きつけるのは、関山氏のビジョンにもあるようだ。

「小学校から中学校にかけては人生の意味を考え続け、一番大事なのは幸せになることだという結論に達しました。そして高校に入り、どうすれば社会に対してより大きな価値を提供できるかを考え、行動することが、自分自身の幸せを実現するための最も合理的な方法だと気付きました。今はクモの糸を実用化するという仕事に取り組むことが、自分が社会に対して生み出せる本質的な価値を最大化できる最善の方法と思っているのでこの事業に取り組んでいます。研究開発や事業はそのための手段に過ぎません」と関山氏は言う。

「(慶應義塾創設者の)福沢諭吉先生は『一身独立して一国独立す』と言っています。世の中がよりよくなっていくためには、社会が何をしてくれるのかというマインドから、社会に何ができるのかというマインドに転換していく必要があります」(関山氏)。そのビジョンや考え方は、スパイバーの給与システムにも表れている。社員は自身で給与額を決めて社内はもちろん、パートナー企業にも公開しているのだ。中には代表の関山氏よりも給与が高い社員もいるという。「他人に給与額を一方的に決められると、自分がこの給与を受け取ることが社会にどのような影響を与えているのかを考える必要がなくなります。この状況では、社会に目が向くどころか、どんどん自己中心的な思考になっていってしまいます。給与を自身で決めるということは、当然会社の事業状況や財務状況、人件費にどれだけの予算を割くべきなのか、自分自身の生み出している価値について、他のメンバーとのバランス、地域の給与水準や投資家の方々がどう思うのか、それぞれのライフステージにおける生活に必要なモノやお金について、影響を及ぼすであろう様々な人たちの気持ちや状況を可能な限り想像し、サステナビリティーを考え、最もバランスの取れた判断をしなければなりません。これは“限りある資源を分かち合わなければならない社会”の中で生きる一社会人として不可欠な能力と考えています。自身の給与をどれだけ高く設定するも自由ですが、バランスが悪ければチームからの信頼を失います。でも、そこから学んでいけばいいんです」と関山氏は言う。

スパイバーが本社を構える鶴岡市は、人口減が課題となっている地方都市だ。地元企業としてスパイバーの存在感が高まるにつれて、関山氏は教育やまちづくりなどの社会貢献活動にも力を入れている。人々が幸せに生きるーー。気鋭の若手経営者のそんな哲学に裏打ちされたぶれない姿勢が、世界初の人工クモの糸のーの実用化を加速させているようだ。

関山和秀

1983年1月2日、東京生まれ。2001年慶應義塾大学環境情報学部入学。同年9月から先端バイオ研究室である冨田勝研究室に所属。2002年より山形県鶴岡市にある慶應義塾大学先端生命科学研究所を拠点に研究活動に携わり、2004年9月よりクモ糸人工合成の研究を開始。これを事業化するため大学院に進学し、博士課程在学中の2007年9月、学生時代の仲間と共にスパイバー株式会社を設立、代表執行役に就任。ベンチャーキャピタル等から合計約146億円の資金を調達し、産学官と連携しながら世界初の工業化を目指す。出願特許多数。


TEXT BY KATSUE NAGAKURA