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Life Shift

2016.02.08

投資家が見据える未来と変化を生み出すルーティンの作り方

インターネットの登場は、テクノロジーの進化のスピードを早める大きなきっかけとなり、私たちの生活や働き方を変えるようになった。いまやインターネットが浸透した時代のなかで私たちは生きている。同時に、イノベーションを開拓する役割もますます求められている。起業家という存在と常に対話しているベンチャーキャピタリストの佐俣アンリ氏。かつて大企業にも勤めていた人物だからこそ見える、大企業とスタートアップの役割の違いや、まだ見ぬ未来を佐俣氏はどう見据えているのだろうか。

インターネットが地球に染みこんできている

「最近、インターネットというものが地球全体に次第に染みこんできているな、と実感することが多いんです」。ベンチャーキャピタリストである佐俣アンリ氏は、インターネットによる急激な進化をこう捉えていた。

Windows95が発売してから20年が経ち、私たちの生活にインターネットという存在が日増しに大きくなってきている。かつては大型コンピューターで計算をしていたものも、パソコンの登場によって次第に個人でも所有できるものとなり、ラップトップ、そしてスマートフォンと小型化すると同時に、日常生活とインターネットが切ってもきれないものになりつつあるという現実だ。その先には人間の身体の内部に入ったり、物体がインターネット化したりする未来がある。もちろんコンピューターが存続するためには給電が必要だが、それすらも非接触充電ができる時代がこれからやってくるだろう。

IoT(Internet of Things)やIoE(Internet of Everything)はそうしたインターネットの歴史の一つのキーワードと捉えることができる。「テクノロジーは、それはまるで植物が陽の光があたるほうへ葉を伸ばすように、一定の方向に向かって進化している」と例える佐俣氏。「テクノロジーの進化の過程を俯瞰してみたとき、テクノロジーの未来はもはや誰もが予測できるものにもなりつつある。あとはそれを実践し、形にするだけと言えるかもしれない」と未来を見通している。

そうしたときに、「起業家とはその植物の進化を推し進める細胞 のような存在」だと佐俣氏は表現する。「不思議なことに、同じようなタイミングで同じテーマのスタートアップが起こり、その分野の進化が一気に進むことがある」という。その様子を俯瞰しながら、ときに起業家をアシストするのが投資家という存在であり、「投資家はときに数十もの事業に関わっているからこそ、起業家が言語化できないことを言語化できる立場にいる。だからこそ、起業家が取り組んでいることを後押しすること」が、起業家と投資家の役割の違いだという。


「人の孤独や飢えをなくす」テクノロジーが登場する時代がやってくる

「テクノロジーの進化それ自体を大きな木 として捉えたときに、その幹を築き上げる偉大なイノベーター、例えば孫正義氏のようなインターネットのインフラを整えている人物や、マーク・ザッカーバーグ氏のようなソーシャルネットワークによる新たな人との関係を構築する人物といった、テクノロジーの進化の中心人物だけがすべてではない。木の枝葉となるような社会の細やかな課題を解決するイノベーションがあるはずだ」と、イノベーションの多様性を佐俣氏は説く。佐俣氏は、そうした枝葉のようなテクノロジーの一つの課題解決として、「孤独や飢えをなくすテクノロジー」が人を幸せにするのでは、と考えている。

「人間が社会で生きる上で、孤独や飢えは切ってもきれないテーマであり、かつ人の日常に寄り添ったもの。インターネットが日常生活に浸透してくる未来が今後待ち構えているからこそ、テクノロジーそのものの進化を推し進める だけでなく、より人の生活のためにできるテクノロジーのイノベーションを考えていきたい」と佐俣氏は話す。

「インターネット上だけですべてが完結する 無形な サービスよりも、印刷業界や不動産、工務店、医療分野になどにまつわる実際の働く現場や生活、暮らしに沿ったインターネットやテクノロジーを活用したビジネス に興味を持っています。ネットの中に閉じているよりも、いまだインターネットが浸透していない産業に入ることによって大きな変化やイノベーションが生まれる可能性は高いし、そこに新たなビジネスが生まれるのではないでしょうか」

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目に入ったものをインターネット化すればいい

日常を見渡したときに、ビジネスチャンスはあらゆるところに転がっている。特にまだインターネットが浸透していない分野に多い。イノベーションの「種」 をいかに捉えるか。「例えば、四季報を開いてそこで見つけた企業をインターネット化するとどうなるか、と考えてみると面白いかもしれません。目に入ったものをインターネット化すると考えたら、大抵のものでできると思っています。大きな産業とインターネットとの結びつきを考えて、インターネットの起業家の側からアプローチすることで開かれるものはあるはず」と佐俣氏。

「どんな分野であっても、熱意と行動力があれば1年間研究したら何かしら見えてくる。起業家として必要な素質は、一つのことを異常なくらい調べて詳しくなれること。意図をもってものを調べること、つまり自分で課題設定をして解くことができることが大切」


普段のルーティンを変えることで世界が変わって見える

もちろん、いきなりすべての人がスタートアップを起こすのは難しいかもしれない。普段、周囲に起業家という存在がいない人にとってはなおさらだ。「自分という存在は、普段日常で付き合う人たちに影響されて自己が形成されていく。普段付き合う人を起業家だけにしてみたり、住む場所を変えて日常生活に変化を起こしたりすることから始めてみることも、なにかを始める一歩になる」と佐俣氏は話す。

住む場所が変われば出会う人や付き合う人にも変化が起きる。スタートアップが多く集まる六本木や渋谷近辺に居を構え、まずはスタートアップたちが集まるミートアップに顔を出してみるだけでもよい。少しずつ自分のなかでそれまでとは違った変化を起こすことで、気がつけばその様子が当たり前なものになってくる。「人間はルーティンを好む生き物だからこそ、それを組み替えることで自然と慣れてくるなかで、自身が選びたい道に自然と向かうようになる。あとは最終的に自身がどうしたいか、を選択し、決断するだけ」と環境に適応してくるなかで見えてくる決断の重要性について語る。

そうした出会いの場には「ぜひ会社の名刺ではなく『なんでもない自分』という名刺で活動するべき」だと佐俣氏。自分がなにをしたいのか、自分という存在のみでことにあたることで会社という肩書ではない自分というものが見えてくるものがある。そこで培われた経験や苦労がその個人の自身へとつながり、その先に道が見えてくるかもしれない。


大企業とスタートアップが共存する社会を目指して

一方で、 大企業であってもイノベーションを起こす立場になれることは大いにある。大企業だからこそできること、スタートアップだからこそできること、それぞれの役割があるはず。

「インターネットという成長している産業と、スタートアップという優秀な少人数で失敗を繰り返しながら急成長をしていく戦い方が、スタートアップの醍醐味。スタートアップは失敗を許容しながら迅速な行動によって成長を促すことができる」

対して、大企業ではなぜ失敗したかを説明するロジックが求められる。組織内に仕組みとして失敗の対策を講じることによって安定を築く手法だ。こうしたスタートアップと大企業のスタンスの違いを互いに理解することが必要だ。

「スタートアップは、少人数であるがゆえにファウンダーの情熱によって引っ張られる。しかし、ファウンダーが抜けた瞬間にチームが崩れることもある。対して、大企業では常に組織内での仕組み化が求められるがゆえに、人の入れ替わりが起きてもチームが崩れることはない。それぞれで強みや弱みが違うことを理解しよう」

「もちろん、大企業であってもスタートアップのような動きをすることも可能だ。社内で秘密裏につくったものから、そこから大きなプロジェクトへ発展させることもある。就業時間外に非公式に個人や仲間内で独自に研究を進め、プロトタイプを作ってしまってから表に出すといった 、俗に言う『闇研』もその一つかもしれません。闇研でつくったものがきっかけで、新製品が生み出されたケースは過去の大企業の製品を振り返ってみても数多くあるはず」

こうした取り組みは、今では「イントレプレナー」と呼ばれることもあるだろう。製品のアイデアだけでなくプロトタイプをつくり、そこから社内で体制づくりを行い仕組み化することで新事業が生まれてくる。そうした新しいものを生み続けながら大企業としての在り方を保つこともできる 。

佐俣氏は「なにもスタートアップでなければできない、ということはない。大企業のなかにスタートアップ的マインドを改めてつくりだして事業を多く興したり、大企業とスタートアップの役割を認識した上で互いに協業したりすることから新たな価値が生み出されるものもある」と 指摘。事業を生み出すという行為自体は同じ。ただそのアプローチ方法や立場が違うだけだとも言える。「だからこそ、大企業とスタートアップはまったく違うものではなく、ときに競争しときに共創を生み出す相手となる」。

「それらを踏まえた上で、大企業という組織が生み出すダイナミズムのなかで働くか、スタートアップとして先導を切って動き出すか、自身が当事者としてどこで活躍したいかを判断して行動すればよい」

「大企業かスタートアップか」ではなく、「大企業もスタートアップも」という考えのもとに、生み出される価値とどれだけ向き合うことができるか。その考えに立脚した上で、より豊かな社会に向けた意思決定をすることが求められている。


佐俣アンリ

ベンチャーキャピタリスト。1984年埼玉県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、2008年リクルート入社。人材領域の営業やメディアテクノロジーラボにてソーシャルアプリの開発を担当する。退職後、クロノスファンド、East Venturesに参画。フリークアウトの立ち上げなどに関わる一方で、個人としてもラクスルを創業期から支援。2012年5月にANRIを立ち上げ、代表を務める。


TEXT BY SHINTARO EGUCHI