シェアする

保存する

Life Shift

2016.01.15

ソニー 新規事業創出部にみる、大企業ならではのイノベーションの作り方

1億円の支援を集めた「wena wrist」などを生み出し注目をあつめる、ソニーの社内ベンチャー育成プログラム「Seed Acceleration Program(以下・SAP)」。そんなSAPの提案者でもありプログラムを統括する新規事業創出部 担当部長の小田島伸至氏に、大企業だからこそできるイノベーションについて伺った。

事業部にとらわれない新たなアイデアの受け皿

ー SAPの活動をはじめたきっかけ・目的を教えてください。

私は新卒でソニーに入り、デバイスのマーケティングとして企画から販売にわたるビジネスを経験させてもらった後、デンマークに赴任。当時拠点もなかった現地で、人のつながりを作るところからスタートアップ的にビジネスを立ち上げて、大量生産・販売するビジネスのマネジメントまでを経験して、2012年に本社の事業戦略部に入ることになりました。ところがそこは、エレクトロニクス以外にもゲームや映画・音楽、金融などに多岐にわたるソニーの事業で、トップ役員を戦略スタッフとして支えるレベルの高い世界。社長が現在の平井に代わるちょうど数か月前でしたが、会社としても厳しい時期で非常に張り詰めた環境の中、微力ながら本社にいた自分が少しでも未来に向けた種まきができればと考えたのがSAPというプログラムを立ち上げるきっかけです。

社内のさまざまな部署を行脚し、現場の新規事業担当者をめぐり、新規事業を考えるにあたって何が課題か、その課題をどうやったら解決できるか皆で考えました。すると現場からはさまざまな課題が出てきました。例えば、「現場、特にエースクラスは忙しく、部署のミッション外の案件だと事業部をまたいで打ち合わせをすることすらも難しい」という声もありました。

新規事業を起こそうと思うと、最初の段階では既存のミッションと異なることを行うことになります。また、完全に新しいアイデアだと、そもそもどこに持って行ったらいいのかすら分かりません。今の上司に提案してもその部署のミッションと異なるので、無駄なものにみえて提案しづらいことも多い。それでも社外活動として個人的にやっている人もいるというのがソニーの特徴なのですが、自腹でやるにも限界があります。

inner1

また、大企業であるがゆえ、職務が細分化され自分の専門領域以外はわからないということもありました。例えばソフトウェアエンジニアはずっとソフトのことばかりやっているので、事業を立ち上げろと言われても、例えば財務のような、事業を立ち上げるのに必要な知識がなく、そこから先にすすめません。こういった問題意識がきっかけとなり、2014年の4月に社長の平井直轄の部署として新規事業創出部をつくる提案をおこないました。

ー 他社も含めた通常の社内ベンチャーとの違いは何でしょうか?

さまざまな新規事業創出のアプローチがあると思うのですが、この部のミッションはスタートアップに軸をおいていて、自分が立ち上げるといった人に必要なインフラ(サポートする人材や資金、ノウハウなど)を提供し、自ら立ち上げてもらうというプロセスにしています。

小さくはじめることになるので、いろいろな人の力を借りながらすすめていきます。とくに、これまでソニーの事業部でやったことのない領域やミッション外の新規事業を取り上げるので、さまざまな人にアプローチし知恵を借りながら進める、いわゆるオープンイノベーションやネットワーキングが重要になってきます。事業経験も得られ、やる気のある人はエンジニアでも財務の経験もできますし、一人三役四役の経験ができる場というのを目指しています。

ー 元々社内ベンチャーのような制度はなかったのでしょうか?

事業部それぞれでは持っていました。ただ、それぞれの事業部で扱えない領域は、事業部長のところに持っていっても、ミッションから離れたこととなり進めることができません。なので、今までは平井社長に直接アポを取って聞いてもらっている社員もいましたね。

inner2

大企業ならではの、イノベーションのつくりかた

ー 大企業では、個々人ではなく全体として高い生産性が求められる上、既存のブランド意識など背負っているものも大きく、なかなかイノベーションが生まれづらい環境といわれています。そういった中、どのようにイノベーションを生んでいこうと考えていらっしゃいますか?

我々は新規事業創出のプロ集団になりたいと思っています。それはいわゆる外のベンチャーと異なり、大企業ならではのやり方でやっていきたいと思っています。それはなにかと考えると、内部にさまざまな領域の有識者やプロフェッショナルが数多くいることでした。こういった支援できる人々とチャレンジャーを上手く繋ぎ、より効率的にスタートアップを生むことで、イノベーションを起こし続けていきたいと思っています。

例えば、品質や調達、法務、知財の専門家といったベンチャーだと探しづらい人材でも、ソニーの中にはたくさんいます。彼らとチームを作り共に成長していくことを目指しています。チームは支援する・加速するというマインドセットを持ち、事業を創出する方向に自分のノウハウを使っていくようにしてもらっています。

ー 新規事業創出部の専任のメンバーはいらっしゃるのでしょうか?

います。ただ、新規事業は最初の売り上げの小さい段階ではコストを抑えたいので、あまり人を抱えないようにしています。なので、基本的には必要な期間だけ助けてもらうようにしていますね。そこで採用してしまうと固定費になり、それをまかなうためにラインナップを増やすというスパイラルになってしまうので、それを防ぐようにしています。

ただ新規事業専任としていてもらったほうがいい人材もあり、そういった人材は確保しています。例えば、品質担当は事業部ごとにいるのですが、新規事業だと、どういう品質の担保が必要になるかが製品によってバラバラなんですね。なので、それを考える人は専門でいた方がいいと考え、専門でついてもらっています。

逆に、例えば法務については顧問制度というのを用意し、あくまで法務部門に所属しつつ各事業を顧問弁護士的に担当してサポートしてもらっています。これも外に頼むとお金かかったりとか、探す労力もかかりますから。

ー 品質といった話だと、同じ職種でも製品によって全然見方が違うので専属にした方がいいと。

そうですね。他にも、引く手あまたでつきっきりにしないといけない場合には、来ていただいたりしています。とくに応用範囲の広い専門性をもつエンジニアは何人か新規事業専属でサポートしてもらっていて、どのプロジェクトもまずその人たちに見てもらうようにしています。

私自身、ベンチャーの経営にも携わっていて感じるのが、ベンチャーのほうが採用が難しいんです。一方で、ソニーの場合は社内のどこかにやっている人がいるので目鼻は利きやすく、来てもらいやすいです。ちょっとフロアを移動してきてもらえばすぐに一緒にやれるので、そこは大きいなと。ベンチャーで1カ月だけ働いてもらうのは中々難しいですが、ソニーの場合はここで1カ月やって、その後別の仕事に戻るということができるので、組み合わせの自由度が高いですね。

ー 立ち位置的にはベンチャーキャピタル(以下・VC)に近いのでしょうか?

ここは面白くて、VCの要素もありながら事業部の要素もあります。VCだと投資家の目線でやれるんですが、実際の製品の相談をされたときにどうしたらいいか、わからないことも少なくありません。他方で事業部長的にやると、自分のものになりすぎてしまうので、必要なときに終わらせる判断をできないとか、一気に進めないといけない時に進める判断ができないということが起こります。なので、ちょうどハイブリッドな視点が必要だと思っています。

ー 投資部門と実際に作る人間は、近いんだけれども違うというのは確かにありますね。

VC的にやりすぎてしまうと、できなさそうなものはできないで終わらせてしまいます。でもここは支援という名のもと、できなさそうなものをサポートし機会を提供する場でもあります。そこは大きな違いかなと思います。

inner3

ー さまざまな専門家のサポート体制以外にも他にも大企業だからこそ実現できたものはありますでしょうか?

そうですね、クラウドファンディングとEコマースの機能を備えた「First Flight」はそうかもしれません。スタートアップには、それに適したインフラが必要になる場合もあります。たとえばプロダクトの場合、作れば誰でも売れるわけではなく、一定以上の数量がないと販売はできません。

これは大企業ゆえの悩みでもあるのですが、ソニーは世界中に販路があり、こっちのお客様に販売して、こっちは販売しないということはできません。そうすると、最初から数万個単位で用意しなければいけなくなります。でも世の中に出したこともないものを数万個用意しようと思うと、いきなり何億とのお金がかかる話なのでなかなか判断ができません。その間を埋めるような販路がクラウドファンディングでした。

クラウドファンディングであれば、お客さんの声がダイレクトに分かり、製品が求められているものか、我々のエゴなのかが明らかにできます。ただ一方で、世の中のクラウドファンディングはプロジェクトが成立して支援期間が終わってしまうと、そこでコミュニケーションが終わってしまいます。お客さん側としてもその後実際に製品が届くまで1年くらい何しているか分からない状態が続きますし、開発側もお客さんとのコミュニケーションがとまり、自分たちでつくるしかない状況になってしまう。

プロジェクトが成立した後もコミュニケーションできるものが望ましいと考えた時に、じゃあソニーで立ち上げようと考え、クラウドファンディング前後の、ティザーとEコマースの機能も持ち合わせたFirst Flightをつくりました。ただ単に支援を集め製品化するだけではなく、その前後も含め、お客さんとの継続した関係性を築くプラットフォームになっています。

他にも、自社の製造事業所の中にSAPファクトリーという小ロットのものづくりを早く立ち上げる専用のfabを設けて、生産などのサポートもソニーの中で実現しています。

inner4

SAPだから生まれたプロダクト

ー いままでSAPからうまれたプロダクトについて教えてください

SAPからうまれたものとして知られているのがこの4つです。マルチリモコンの「HUIS REMOTE CONTROLLER」に、ファッションとテクノロジーの融合をテーマにした「FES Watch」。クラウドファンディングの支援が国内ではじめて1億円を突破し日本記録を樹立した「wena wrist」に、IoTで遊び心を形にしようという「MESH」です。

事業部の受け皿がないということで今まで机の下に眠らせていたアイデアを出してもらうために、SAPオーディションというビジネスコンテストを3カ月に一回実施しています。これまで5回開催したオーディションでは、約500件のアイデアを約1300人が提案してくれました。ここで出た見込みのありそうなアイデアは、実際に新規事業創出部に異動してきてもらって組織とお金を使い進めてもらいます。いきなり1年2年とやるのではなく、区切りながら進めていきます。 SAPインテンシブという集中育成期間で、3カ月で検証し自分がプレゼンで説明したことを実際に試してみるということをやっています。なるべく小規模に絞り、立ち上げの一番最初をとても大事にしています。

大企業はカバレッジが広いため、目指すところを1つに絞らないと分散してしまいます。議論をすすめる際にそこを定めていないと、いきなり100億とかっていう話になってしまうんです。そうするとフォーカスも定まらなくなって何をやるべきか分からなくなっていくので、あくまでも初期段階に着目してやっていますね。

育成していく中で本当によさそうなものは、事業にしたりJVにして実現していきます。現時点で世の中に出させて頂いているのは4案件、事業準備段階にあるのが2件、検証段階にあるのが数件という規模感です。中には検証段階でやめるものもあります。今はちょうど複数の香りを持ち出せるプロダクト「AROMASTIC」が1月20日までの期間限定でクラウドファンディング中ですね。

inner5

ー クラウドファンディングが終わったプロジェクトは、商品化に向けてどの様に製品開発を続けているのでしょうか。

例えば、wena wristはデザインにこだわったアナログ時計のバンド部分におサイフケータイなどの機能を入れる新発想の製品ですが、まださまざまな要素をソフトウェアのように入れていける段階です。最近では文字盤の視認性を改善しました。メンバーは入社2年目が中心で若くて目がいいので、当初の黒地に薄いグレーの文字盤デザインでもよく見えるのですが、実際に製品を見に来てくれたお客さんから見づらいという話を伺い、視認性を改善しました。こういった変更がきかない段階で世に出すのではなくて、もっと手前の状態でやれるというのがクラウドファンディングの強みですね。今までは100%になって発表するというアプローチだったのを70~80%で出して、お客様の声で最終的に120%を目指していく、というふうに進めています。

このようなプロセスを経ることで、SAPではスピーディーかつ小規模な実験・生産販売を実現するローンチパッドを目指しています。それによって、全体として合理的に事業を生むための仕組みを整備し、収益をあげる事業を継続的に生むことで、更なる新しい事業をつくれるというエコシステムを目指しています。


大企業こそ大事にすべき軸

ー 新規事業の部署は、とりあえず作ればアイデアが出てくるだろうと考え作っているところが多い中、しっかりと仕組み化されているんですね。

SAPでは自立と自己責任のもと、起業家人材が自分でやっていくということを大事にしています。これは創業時からソニーがずっと持っている考えなので、そこの軸は変わりません。その上で、合理的にサポートすることができれば、そういった人材をもっと活かし、さまざまな新しい事業を世に出せるのではないかと考えました。また、世の中にはさまざまなフレームワークや最新のツールなどがでてきています。これらを当てはめていくことで、さらに活躍してもらいやすくできるのではないかとも考えました。

この新規事業創出部は、スタートアップを大事にするという目的を明確にするために立ち上げたといっても過言ではありません。目的ってぶれやすいんです。こういう大きい企業になるとミッションやビジョンといったものが大事になってきます。自分の目が届くときは自分が言っていればいいのですけど、目が届かなくても全社員が羅針盤と思えるようなものが必要だと思います。

ー 今後、大企業とスタートアップの関係性はどうなっていくとお考えですか?

より深まっていくと思います。ソニー自身、昔から他社さんと組みながら成長してきています。最近だとエアロセンス株式会社というドローンの会社を株式会社ZMPと立ち上げました。製造や解析はソニーが担当し、事業展開は元々その事業に携わり知見のあるZMPにお願いしています。これもベンチャーさんとの付き合い方かなと思っています。

また、例えばいい技術を持っているけれど量産化が難しいような場合に、ソニーの量産の知見や、生産体制などを提供することも可能ではないかと考えています。お互いの知見などを上手く組み合わせることで、今まで大学で眠っていたようなアイデアが次々と世の中に出てくるみたいなこともあるかもしれません。

 ー小田島さんはSAPを今後どうしていきたいとお考えですか。

ソニーという大企業ならではの強みを活かし、スタートアップが常に生まれるインフラと文化を構築することで、イノベーションをおこしつづけるエコシステムにしていきたいですね。このSAPは、私にとってのある種スタートアップだと思っています。新規事業創出という分野は、書籍もたくさん出版され、世界中が興味を持つテーマです。ゴールはあるけれど突き詰めきることのない、一生追いかけられる魅力的なテーマですね。

小田島 伸至(おだしま しんじ)

1978年3月生まれ、埼玉県出身。2001年東京大学工学部卒業後、同年よりソニー(株)入社、デバイス営業へ配属。2007年-2011年デバイス営業としてデンマークへ海外赴任。液晶ディスプレイ販売を担当し、ゼロから事業を立ち上げ、売上数百億円まで拡大させる。2012年に帰国後、本社の事業戦略部門に配属。本社戦略スタッフとして中期計画の立案や経営会議の運営に携わる。その際、ソニーのイノベーション力向上に向け、若手や中堅社員を巻き込みボトムアップで新規事業創出を促す社長直轄のプラットフォームの構築とプログラム(Seed Acceleration Program)を立案。2016年現在、新規事業創出部の担当部長として、イノベーションを創発するエコシステムの企画推進や、新規案件の事業化支援を先導する。Qrio株式会社※1とエアロセンス株式会社※2の取締役として事業経営に携わる。

※1:スマートロック事業を行うWiLとソニーの合弁会社
※2:自立型無人航空機とクラウドサービスを組み合わせた産業用ソリューションを提供するソニーモバイルコミュニケーションズ株式会社と株式会社ZMPの合弁会社

PHOTOGRAPH BY KAZUYA SASAKA
TEXT & EDITING BY KAZUYUKI KOYAMA