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2015.12.16

「食ビジネス」が日本経済を救う!? 日本初、立命館大学の挑戦

日本政策金融公庫の発表(*1)によると、開業5年目の年末までに廃業する飲食店・宿泊業は全体の23.2%。全業界の中で最も高い。もちろんいろいろな要因があるものの、つまるところ、この業界は「ビジネス」的な視点を持ち合わせていない店舗・企業が多いということに集約されると、立命館大学食科学部(仮称)設置委員会事務局長・井澤裕司経済学部教授は言う。今回は、日本の食ビジネスをブレイクスル―させるための人材育成を担う日本初の「食科学部(仮称)」の新設に向けたチャレンジに迫る。
(*1)2011年「新規開業パネル調査結果」より/2006年に開業した店舗の2010年の12月時点の存続率を調査

10年で2倍にもなると言われる「食市場」。しかし…

2015年10月、立命館大学が2018年(平成30)年度開設を目指し、「食科学部/College of Gastronomic Sciences 」(仮称)の設置準備に着手するというニュースが飛び込んできた。 この少子化の折、各大学が生き残りをかけた“守り”の戦いをする中で、この一報は衝撃的だった。なぜ「食科学」なのだろう。なぜ、「今」なのだろう。食科学部(仮称)設置委員会事務局長・井澤裕司教授を直撃した。

「実は、私、経済学者なんです。専門は『ファイナンス(金融)』。そんな観点から世界の食市場規模(加工+外食)を見てみると、2009年に340兆円だったものが、2020年には680兆円になると言われています(*2)。特にアジアに注目すると、2009年に82兆円だったものが2020年には229兆円です。実に3倍です!世界経済が停滞している中で、10年で2倍3倍になるマーケットなんて、他にはないですよ」
(*2)平成26年9月農林水産省

これほどまでの市場の伸びの背景にあるのは、まずは世界的な人口の増加。さらに、今まで値段の安いものを食べていた人たちが高いものを食べ始めたこと。特に中国、インドなど急速な経済発展を遂げているエリアでは、こうした食の単価の伸びが大きいという。

さらに、教授はこうも続けた。「今、日本は、『食』ブームですね。ユネスコの無形文化遺産に『和食』が選ばれたことも後押ししています。これは世界的に見ても言えることで、『和食』や日本の『農産物』というのは非常に『ブランド力が強い』。人気もあるし、味や品質への評価も高いです」。

なるほど!食を扱ったスタートアップ企業の話題が後を絶たないのも、むべなるかな。 …と思った瞬間、ショッキングな言葉が続いた。
「でも、グローバルな視点で見てみると、ビジネスとしては、失敗しているケースがとても多いんです、日本のフードビジネスは」。

正確な統計はないそうだが、海外には5万件くらいの和食レストランがあるだろうと言われている。だが、残念ながらその経営者のほとんどが日本人ではない。日本人が看板を上げても数カ月するとつぶれてしまう。味の評価を得ていたのにもかかわらずだ。そして、看板はそのまま、中国やインドの経営者に代わる、そういう事例は世界中で起こっているのだという。

「つまり、いいもの、おいしいものは作れても、収益をあげることができていない、ビジネスに弱いんですね、食業界の日本人は。作ったものをどう売るか、アフターケアするか、長期にわたってメンテナンスしていくか、そうしたビジネスとして継続していくという基本的なノウハウが、日本人は非常に弱いのではないかと思います」

また、日本人のフードビジネスの特徴はこんなところにも表れている。

「日本の食関連企業が、世界戦略を考える時、とにかく『旨いもの』を作ろうとするんですね。で、とことん『旨い』ものを作る。でも、それは日本人にとっての旨いもの。同じことがコメにも言えるんですね。日本人が食べている『ジャポニカ米』というのは世界規模でみると、そのシェアは10%以下しかない。ニッチなんです。世界の多くの人が食べているのは『インディカ米』。だから、どんなにジャポニカ米を売り込みに行ったって、これではスケールしません。こういうのがビジネス上の問題点なんです」

なるほど。孤立した小さいマーケットでどんなに優位に立っても、ボリュームは得られない。まさに経済の原則だ。

「日本の土地と気候でインディカ米が作れるかといったら、転換するのに3~4年かかるでしょうから、そんなに簡単ではないでしょう。しかし、方向性としてはあり得ますよね? 日本の農業の技術レベルを考えれば、世界一おいしいインディカ米を作ることは可能なはずです。そして、作ったコメは海外に売るんです。それは、製造業はふつうにやっていることですよね? 日本人が使わないモノを、海外に向けてたくさん作ってます。左ハンドルの車、当たり前に作ってますよね?それが『食』に限ってはできていないんです」

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集客力、高収入…「食ビジネス」が持つパワー

今までの話は、食の「アウトバウンド」。そして、もう一つ、今後の「食」ビジネスを語る上で大事だと言われているのは、「インバウンド」。「食サービス」、「食」を活用した観光だ。 どんなに世界中で和食が流行っても、そのこと自体で、日本が直接的な経済的利益を大きく得られるわけではない。和食に欠かせない醤油だって、アメリカで使う分は、アメリカの大豆を使ってアメリカで作っている。さらにアメリカ人の料理人が和食を作ったとしたら、日本には何も利益を生まれないというわけだ。つまり、日本が利益をあげようとしたら、基本的には日本に来てもらう必要があるのだ。

また、食は地方活性にも役立つ。「『食』には人を呼びこむ力があります。しかし、地産地消だけではビジネスとして限界がある。食べに行こうと思わせないとダメなんです。イタリアの食科学大学というのは、スローフード協会が母体になっている大学でイタリアのブラというところにあるんです。でもそれができる前は単なる田舎町で観光客なんかほとんど来なかったんです。でも、スローフード協会ができたら、それこそ世界中から人が集まってきて年に何回も国際的なフェスティバルが開催される。食にはとてつもない集客効果があるんです」。

学生募集で海外を回ると、今、アジアの学生が学びたい学問と言ってまず挙がるのは「ファイナンス」。次が「インターナショナルビジネス」。で、三番目に出てくるのが、なんと「フードマネジメント」「ホスピタリティマネジメント」なのだという。日本にいるとちょっと意外な気すらしてしまう。なぜこういう順番になるのか。

「その理由はきわめてシンプルで人間らしい。高収入が期待できる順だからです。世界的に見てもこの分野は非常に有望な分野なんです。フードマネジメントが学べる、世界トップの大学はアメリカのコーネル大学です。中国、インドは、それこそ、この分野を『国家戦略』として強化に取り組んでいるわけです。だから、数百人単位の優秀な学生をアメリカに送っているんです。それに対して、日本は全くそういう動きがない。しばらくしたら、そこで国民経済の競争力の差がついてくると思うんです」

世界を見渡すと、先述のコーネル大学をはじめ、数百もの「食マネジメント」、「ホスピタリティマネジメント」を学べる学部があるという。しかし、日本では旧態依然とした「農学部」「家政学部」「栄養学部」で「食」を扱っているのみ。もちろん、バイオテクノロジーも、管理栄養士の育成も大事だ。しかし、世界の食ビジネスに関わる人材の教育が、「MBA(経営学修士)」レベルまで進んでいるのが標準と聞いてしまった今、圧倒的な差を感じ、とても穏やかではいられない。

そんな状況に対して、やっと昨年、経済産業省が動いた。いわゆるサービス部門に通じる高度人材養成プロジェクトの立ち上げだ。今までは「食」と言えば、農家の保護政策とか補助金問題とか、食物の安全規制とか担当省庁は農林水産省、厚生労働省が中心だった。しかし、いよいよ経済産業省が腰をあげたということは、「経済戦略」として「食関連産業」を日本の産業の中心に考える方向に進むのかもしれない。

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「食科学部(仮称)」は、どんなことを学べるのか

「おいしいというのは『主観』ですけど、おいしいとかおいしくないとかを確認するのは 最終的には『統計学』なんです。だから、イタリアの食科学大学でも、まず最初に学ぶのは『統計学』です。統計学がわかっていないと『間違えるから』です。 私の専門のファイナンスでも一緒ですけど、原因と結果の因果関係を間違えるから、投資戦略や経営戦略を間違えるんです」

「もう一つは『行動科学』を取り入れること。『行動科学』とは、人間と社会の関係をさまざまな科学的方法で解明する学問で、『行動経済学』『行動会計学』『行動ファイナンス』…最近はいろいろな学問に取り入れられています。食で言うならば、同じものを食べたって、昨日はおいしいと思ったけど、今日はおいしいと思わない。それはいろいろな条件が変わっているから。その条件をどれだけ細かく分析できるかといったら、それは不可能で、統計的に決まってくる条件の中で、こういう状況の中ではこう感じるらしい、ということ分析するには、やはり『行動科学』を学ぶべきなんです」

やはり従来の食に関する学問とは一味も二味も違う、まったく新しい学問ジャンルになりそうだ。

「今、世界で必要なのは食関連ビジネスで通用する高度マネジメント人材なのですが、今、日本の大学では、これを教えられるところがない。だから、食をビジネスとして考えられる人材の育成と同時に、この学問領域を日本語で教えられる人も同時に育てないと世界に追い付けない。これは本当に急務なんです」

井澤裕司/立命館大学経済学部教授

国際食文化研究センター事務局長、食科学部(仮称)設置委員会事務局長。銀行行動と企業金融、実験経済学手法による金融システムと金融行動の分析、食選択と食文化の行動経済学的分析を行う。

立命館大学「食科学部/College of Gastronomic Sciences」(仮称)

2018年(平成30)年度にびわこ・くさつキャンパスに開設を目指す。人文科学・社会科学・自然科学の学際的な視点で「食」を総合的に教育研究し、「食」のシステム全体を俯瞰しながらコーディネート、プロデュース、マネジメントができる人材の養成を目指す新学部設置に向けた準備を進めている。

PHOTOGRAPH BY DAISUKE KAWAHARA