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Life Shift

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2015.10.01

遺伝子への追求が美容の未来を切り拓く ― そのカギはイクラにあった!?

人は誰でも若々しく、美しく、健康でありたいものだ。ソニーコンピュータサイエンス研究所アソシエイトリサーチャーのナターリヤ・ポリュリャーフ氏は、人の遺伝子情報や細胞のメカニズムをひも解くことで、美容の世界にパラダイムシフトを起こそうとしている。

アンチエイジングをオンにする、遺伝子制御メカニズムの解明へ

女性が25才から60才までの間に美容に費やすコストは、マンション購入費用に匹敵するという。それにもかかわらず、科学的根拠や実際の効果よりも、広告やイメージ、思い込みや習慣に基づいて化粧品を購入し、使用している人は多い。

「そうした美容のあり方を変えたいのです。サイエンスに基づいた美容を提案しています」とナターリヤ氏は話す。

すっと背筋が伸び、笑顔が美しい、まるでモデルのような美女だ。ロシアの小さな町で生まれ育った。幼い頃から音楽とクラシックバレエに親しみ、子供の頃の夢はバレリーナだった。

その一方で、その見た目から受けるイメージからは意外とも感じるほど、徹底したサイエンティストだ。専門は遺伝子解析。大学院修士課程で来日して生物情報学を学び、2003年にゲノム(全遺伝情報)の解読が完了したヒトゲノム計画に参加。遺伝子解析向けのソフト開発を担当した。

人のゲノムには約25,000の遺伝子が含まれる。その遺伝子に働きかけ、いつどのように働くかを決めるのが転写因子だ。では、この転写因子はいつ、どのように働くのか? ナターリヤ氏は、遺伝子動態の解析によって、その決め手となるスイッチを探す研究を続けてきた。

そうして、免疫細胞や環境汚染物質が作用するメカニズムなどを研究してきた。もともとバレエやヨガといった運動が好きで美容や健康に関心があったことから「これまで趣味だったものを仕事にしたいと考えました。ようやく辿り着いた研究テーマです」と、アンチエイジングに関する遺伝子制御メカニズムの探索を自身の研究テーマにすることにした。抗酸化作用といったアンチエイジングに関わる遺伝子はこれまでも知られているため、今は何をどのように作用させれば、そのアンチエイジングに関わる遺伝子がオンになるのかなどを調べている。

もともと美容に興味があったが、美容の世界では科学的根拠に基づいたものは少なく、CMなどの広告イメージで左右されることが多いため、簡単に解決できるものはない。化粧品のパッケージを見ても成分や機能は書いてあるものの、そのメカニズムはわかりにくい。一体、どのようなメカニズムで皮膚の細胞に作用し、美容効果につながっているのだろうか?「これまで遺伝子や細胞を扱うサイエンスの研究をやってきたからこそ、自分で細胞を触って実験をして、データをつくって、メカニズムを探索して、美容に活かしたいのです」と話す。

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イクラを皮膚の細胞に作用させて遺伝子動態を解析

そのナターリヤ氏が今、力を入れているのがイクラを使った研究だ。(横浜市立大学医学部眼科 水木信久教授の研究室と共同)

ヒントは身の回りにある。ロシアはバルト海周辺。イクラにいつも触れている、漁師の奥さんの手は白く、美しいという。なぜか。

ナターリヤ氏はイクラを潰して液状にし、線維芽細胞という皮膚の細胞にかけたところ、コラーゲンの分泌や抗酸化作用に関わる遺伝子の発現が上がることを突き止めた。人の細胞は常にストレスにさらされている。たとえば酸化ストレスによって遺伝子や細胞が傷つき、皮膚の老化をもたらす。イクラに含まれているアスタキサンチンが細胞に働きかけて抗酸化作用を示して、酸化ストレスから守ったり、肌の弾力性をつくるコラーゲンを作るのを促したりしている可能性があるという。さらに抗酸化作用で炎症を抑えるため、皮膚の炎症による赤みを抑え、肌を白く見せる効果もあるという。

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自身をコントロールし、パフォーマンスを上げるための「美容の生物学」

ナターリヤ氏は現在、自身の研究成果に基づいた化粧品の開発し、販売する会社の起業準備を進めている。イクラをかけた後の細胞の遺伝子動態を解析した自身の研究を、化粧品に活かしていくつもりだ。「サイエンスに基づいた美容を誰でも手軽にできるようにしたいのです」と語る。

一方、ナターリヤ氏が提案する「美容の生物学」は、化粧品などのツールばかりではない。「体を若く、美しく、健康に保つのが美容です。美容は楽しいもの。自分をよい状態に保つことで、生活や仕事のパフォーマンスを上げることができます。メカニズムを科学的に解明して、それによって自分の状態をコントロールし、パフォーマンスを上げられるようにしたいと思っています」と言う。例えば、肌の調子を調整するメカニズムがわかれば、睡眠不足や天候不順といった要因があっても、肌の調子をよく保てるようにできるかもしれない。

「美容の生物学」の研究は、遺伝子動態といった分子メカニズムだけでなく、人間全体を見据えた研究にも広がりつつある。最近では、趣味の音楽から発展して、音楽を聞きながら化粧品を使うといった、五感と美容の効果の関連性を調べる予定だ。

これまでサイエンスとして探求されることが少なかった美容の世界。ナターリヤ氏は、遺伝子解析という専門性を武器に、サイエンスに基づいた「美容科学」として美容の未来を変えようとしている。

ナターリヤ・ポリュリャーフ

イルクーツク国立言語大学の東洋言語学科の学士課程を終了後、1997年に弘前大学の理工学研究科の修士課程で生物情報学を専攻、2004年に東京大学医学研究所より博士号を取得。2006年よりソニーCSLの研究員となる。現在は、横浜市立大学の博士課程に在籍し、独自に開発したデータに基づく計算論的アプローチによる皮膚の加齢メカニズムの解明にあたっている。趣味はヨガや芸術鑑賞、ファッションなど。

PHOTOGRAPH BY MIKI TAKAHIRA
TEXT BY KATSUE NAGAKURA
EDITING BY KEISUKE TAJIRI