Life Shift

2016.12.20

センサーで、「組織の雰囲気」を診断。“どんよりムード”は科学で打ち破れるか

職場の雰囲気は千差万別だ。メンバーが生き生きと働いているところもあるし、何となくどんよりとしたムードがただよう職場もある。もし、どんよりしたムードを打ち破って組織を元気にできれば、従業員の満足度は高まるはず。そうすれば、一人ひとりの生産性は向上し、業績アップも期待できるだろう。ただし、「言うは易く行うは難し」だ。組織の雰囲気を変えようと思っても、どこから手を付けるべきか見極めるのは簡単ではない。
今回ご紹介するのは、そうした悩みを持つ企業・職場にとって興味深い取り組みだ。センサーを使って「組織の活性度」や「従業員同士のつながり方」を測定。その上で、職場を元気にする働き方を提案できるという。その仕組みや効果について、開発者に聞いた。

名札型のウェアラブルセンサーによって組織の「現状」を可視化する

ここ数年、「従業員満足度」という言葉が注目を集めている。従業員満足度を高めれば、離職率の低下や業務効率の改善につながり、業績アップをもたらすと考える企業が増えているのだ。中には、従業員満足度を顧客満足度と同じくらい大事にしている企業もある。

では、従業員満足度を高めるためにはどうしたらいいのだろうか。一つの解答は、「組織の活性化」だ。働く側としては、元気があって風通しが良い職場の方が気分良く働けるもの。一方、重苦しく風通しの悪い雰囲気の職場では、仕事へのモチベーションは上がらないし、良いアイデアも浮かんでこないだろう。今、日立製作所が開発している「Hitachi AI Technology/組織活性化支援サービス」(以下「組織活性化支援サービス」)は、まさに組織の元気さ(=活性度)を高めるための仕組みである。

このサービスで使われているのは、名札型のウェアラブルセンサーだ。従業員は出社後、ウェアラブルセンサーを身につけて仕事をし、仕事が終わったら充電器に戻して退社する。内蔵されているのは、赤外線センサーと加速度センサー。赤外線センサーでは誰と誰がどのくらいの時間にわたって対面したかという情報を集め、加速度センサーで各従業員がどのように行動しているかという情報を集めている。人工知能を使ってデータ分析を行うチームのリーダーである西原 慎氏は、その目的をこのように語っている。

「企業の中には、組織を活性化したいと考えているところがたくさんあります。しかし、何から手を付けていいのかわからない。あるいは、いろいろな手を打っているが、どれが効いているのか分からないというところが多々あるのではないでしょうか。当社の『組織活性化支援サービス』を使えば、データに基づいて職場の元気さや本当の姿、問題点などを『見える化』できるのです」(西原氏)

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従業員の身体の揺れを指標にして、組織活性度を分析

組織活性化支援サービスでは、人間を“センサー”として組織の現状を調べている。例えば、名札型ウェアラブルセンサーに内蔵されている加速度センサーからは、装着している人の動きが分かる。それらを分析すれば、デスクワークをしている時間(人と対面せず、体が小さく動いている状態が続く)や、自分が話し手となっている時間(人と対面しているときに、体が大きく動いている状態が続く)の長さなどが判別可能だ。

ここでカギを握るのが、「非静止持続時間」と呼ばれる指標だ。フィールド調査とデータ分析の両方を担当し「組織活性化支援サービス」のコンセプト設計・システム設計を行っている辻 聡美氏は語る。
「人は日常生活の中で、忙しく身体を動かしています。ところが仕事中、熱心にデスクワークや会話をしている間でも、時々無意識に身体が静止する瞬間が頻繁にあります。この『静止した瞬間まで、身体を動かし続けていた時間』を非静止持続時間と呼んでいます。

一方、私たちは組織の元気さ、すなわち組織活性度を、米国国立精神保健研究所が作成した『うつ病自己評価尺度(CES-D)』を基準として開発しました。これは、『過去1週間に幸せを感じましたか?』など20の質問を行う形式で、本来はストレスの度合いを自己診断するためのものです。多くの組織のデータを集めた結果、センサーで測定した『非静止持続時間』の分布と、組織のCES-D平均値との間に強い相関があることを発見し、これによってセンサーを付けるだけで毎日の組織の活性度を計測できるようになりました」(辻氏)

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人が1分くらい身体を動かした後で静止するというのは、良く見られる現象だという。一方、10分くらい活発に動いてから静止するというケースは、それよりずっと少ない。そして、1時間ひっきりなしに身体を動かした後で静止するケースは、さらに少なくなる。いわゆる『べき分布』(※1)に則っているわけだ。そして元気のない組織を観察してみると、『べき分布』より非静止持続時間が短い事例が増えるという結果が出た。
「言い換えれば、ストレスの高い組織にいる人々は忙しく働き続けていても、無意識に身体が静止している瞬間が増えているということです。ただし、1人の人間だけを対象にすると、その人の『クセ』などでデータに揺らぎが生じてしまいます。そこで『組織活性化支援サービス』では、最低10人以上のデータをとることにしています。
同じ職場で働いている人をたくさん集めてデータをとると、その職場に特有の傾向が見えてきます。恐らく、職場の雰囲気を従業員が感じ取り、それが身体の動きになって現れているのでしょう。私たちは、そうした従業員の動きを通じて、組織の現状を観察・分析しているのです」(辻氏)

(※1)べき分布……極端な値をとるサンプルが、正規分布に比べて多い状態のこと。例えば、震度1程度の小さな地震は毎日のように起きている一方で、震度7クラスの大地震も、頻度は少ないながらも起きている。こうした分布は物理学や自然界だけでなく、社会現象にも数多く当てはまることが近年の研究でわかってきた。

また、センサーを使って組織内のリアルな人のつながりを描き出すこともできる。例えば、赤外線センサーを通じて集められた対面情報を可視化したのが、下のグラフだ。対面した時間が長い人ほど、太い線で結ばれている。

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「企業には『組織図』というものがあります。しかし実際の現場では、その通りに動いているわけではありません。隣の部署のメンバーと協力しながら問題を解決したり、他部署の上長に相談しながら仕事を進めたりしているものです。また、思わぬ人が組織同士をつなぐキーマンになっているケースもあります。そうしたつながりを可視化することで、組織のリアルな姿や抱えている課題を浮かび上がらせます。すると、『あの部署とあの部署がうまく共働できるよう、席替えしてはどうか?』『横のつながりがもっと生まれるよう、社内横断プロジェクトを作ってはどうか?』などの解決方法が見つかりやすくなるのです」(辻氏)

他社・他人ではなく、過去の自社・自分と今を比べる

ただし、組織の活性度を高めようとして、そこで働く人々に「もっと『非静止持続時間』を長くせよ」と命じても無意味。なぜなら、身体の揺れというものは無意識の行動で生じるもので、自分の意思で変えられないからである。組織を活性化するためには、そこで働く人たちに対し、意識によって変えられる行動パターンを提示する必要がある。

ここで役立つのが人工知能だ。従業員の属性(職位や年齢など)や行動指標(対面した時間や回数、デスクワークの時間や回数)を掛けあわせ、組織活性度に関連性の深い指標を抽出していくという。
「例えばある組織では、部長が部下と短い会話を頻繁に(1日8回以上)行うと、組織活性度が高まることが分かりました。一方、課長の場合は部下と双方向の議論を長時間(1日24分以上)行うと、組織活性度が高まるというデータが導き出されたのです。ただ単に『管理職は、部下とコミュニケーションをとれ』と指示するのでは不十分。人工知能を活用すれば、この組織に合ったやり方を具体的に示すことができるのです」(西原氏)

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ただし、個人に対して行動を変えるよう伝えることは原則的にないという。
「このサービスは、特定の誰かの行動パターンを変えるのではなく、組織全体を変える手助けをするものです。ですから、ある部長さんに『あなたは明日から、部下と1日8回あいさつをしなさい』と強要したりはしません。また、アドバイスの内容は組織によって変わります。会話の時間を長くする方がいい組織もあるでしょうし、反対に、短い会話を数多く交わす方が効果的な組織もあるでしょう」(辻氏)

また、他社や他人と比べて自社・自分の行動を変えるよう強いることもない。仕事の進め方やコミュニケーションのやり方は、企業・人によって違うのが当たり前だという考え方があるからだ。むしろ、ベンチマークになるのは過去の自分だという。仕事がうまく進み、組織活性化に寄与できていた時期のやり方を知っておくことで、うまくいかなかったときの道しるべとすることができる。

こうしたウェアラブルデバイスに対して「従業員への管理が厳しくなるのではないか?」と感じ、拒否反応を示す人もいるかもしれない。しかし、現在のところはそうした心配はなさそうだ。このデバイスには、GPSが入っていない。つまり、「誰と一緒にいたか」「どんな働き方をしていたか」という情報はとられるが、「どこにいたか」については分からない仕組みになっている。喫煙室やトイレで長時間サボっていたとしても、怒られる危険性は低そうだ(笑)。

赤外線センサーと加速度センサー以外のセンサーを取り入れたり、名札型以外のスタイルを模索したりするのは、今後の研究課題だという。
「例えば脈拍センサーを搭載すれば、従業員のストレスなどをより高い精度で把握できるかもしれません。そうなると、名札型ではなく腕輪型の方が向いているでしょうね。ただ、そういうデバイスを作ると、『自分のストレスまで会社にチェックされるのか』『24時間身につけさせられるのか』などと抵抗を感じる人も多いでしょうから、難しい面が多いと感じますね。また、社員証など他のデバイスと合体させる可能性も、十分に考えられると思います」(西原氏)

「組織活性化支援サービス」は、既に日本航空や三菱東京UFJ銀行などで実証実験が行われ、一定の成果を出している。従業員満足度が重視されている今、導入する企業は増えていく可能性大だ。また、医療機関や教育機関、老人向け施設などでの活用も、十分に期待できるだろう。「組織の雰囲気」という目に見えづらいものを数値化するサービスは、大きな可能性を秘めていそうだ。

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西原 慎(にしはら・まこと)

1977年生まれ。日立製作所サービスプラットフォーム事業本部 IoT・クラウドサービス事業部所属。学生時代は、インターネット上のセキュリティ技術を研究。2002年に日立製作所に入社し、セキュリティ関連などのソフトウェア開発に従事。2015年から「組織活性化支援サービス」プロジェクトに参加し、人工知能や、名札型ウェアラブルセンサーを用いたデータ分析を手がけている。


辻 聡美(つじ・さとみ)

日立製作所研究開発グループ所属。学生時代は、工学と社会科学の両面からのアプローチを目指し、人と人のコミュニケーションに基づく社会システムの生成プロセスを研究。2006年、日立製作所に入社し、ウェアラブルセンサーによる組織コミュニケーション計測と経営への活用方法に関する研究に従事している。2012年、電子情報通信学会と情報処理学会主催の「FIT2012ヤングリサーチャー賞」を受賞。


TEXT BY TERUHIDE SHIRATANI
PHOTO BY TORAZO YAGI

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